大手サービス企業アドバンスサービスの挑戦:人事システム改修とデータ活用で加速するLGBTQ+インクルージョン
大手サービス企業アドバンスサービスの挑戦:人事システム改修とデータ活用で加速するLGBTQ+インクルージョン
多角的な事業を展開し、国内外に数多くの拠点を持つ大手サービス企業アドバンスサービスでは、近年、多様な人材が活躍できるインクルーシブな組織文化の醸成を重要な経営課題として位置付けていました。特にLGBTQ+に関するインクルージョンにおいては、従業員からの声や社内サーベイを通じて、人事情報の登録や利用、各種制度の適用において既存の人事システムが現行の実態や多様なニーズに対応できていないという課題が顕在化していました。また、これまで実施してきたD&I施策の効果を客観的に測定・分析するためのデータ基盤が十分でなく、継続的な改善につなげることが難しいという状況も認識されていました。
このような背景のもと、アドバンスサービスは、人事システムの包括的な改修と、それに伴うデータ活用基盤の構築を、LGBTQ+インクルージョン推進の重要な施策として実行することを決定しました。これは単なるシステム刷新に留まらず、インフラ面から組織の多様性への対応力を高め、データに基づいた意思決定を可能にすることで、D&I推進を加速させることを目的としています。
具体的な取り組み内容
アドバンスサービスが実施した主な取り組みは以下の通りです。
-
人事システムの包括的な改修:
- 性別情報の多様化: 法的な性別だけでなく、性自認に関する情報を任意で登録できる項目を追加しました。従来の「男性」「女性」に限定せず、「Xジェンダー」「回答しない」「自由記述」などの選択肢を設け、従業員が自身の性別を最も適切に表せる方法で登録できるようにしました。
- 旧姓・通称名の利用拡大: 社内システム全般(メール、社内コミュニケーションツール、名札など)において、旧姓や通称名を通称として利用できる範囲を拡大し、人事システム上の表示名としても設定可能としました。
- 家族構成情報の柔軟化: パートナーシップ制度や同性婚など、多様な家族形態に対応できるよう、配偶者情報の項目を「配偶者またはそれに準ずるパートナー」といった表現に見直し、続柄の選択肢も柔軟化しました。これにより、福利厚生制度(慶弔休暇、住宅手当など)の適用範囲を事実婚や同性パートナーにも拡大する際の、システム上の基盤を整備しました。
- 緊急連絡先の多様化: 緊急連絡先として、法定上の親族以外の同居者やパートナーも登録できるようにしました。
-
属性データとエンゲージメントデータの連携・活用:
- 任意回答の徹底: システム改修によって追加された性自認やパートナーシップに関する情報は、すべて従業員の任意回答としました。情報提供の目的やデータの取り扱いに関する方針を明確に従業員に伝え、同意を得た上で収集しました。
- データ分析基盤の構築: 人事システムに蓄積される属性データ(年齢、所属、勤続年数など、任意回答を含む)と、従業員エンゲージメントサーベイの結果、研修参加履歴、社内相談窓口への相談件数などのデータを連携させ、多角的に分析できる基盤を構築しました。
- 施策の効果測定: データ分析により、特定の属性を持つ従業員のエンゲージメントスコアの推移、D&I関連研修の効果(前後での意識変化)、制度利用率などを定量的に把握できるようになりました。例えば、「性自認を登録した従業員のエンゲージメントスコアが、未登録の従業員と比較して高い傾向にあるか」「パートナーシップ情報を登録した従業員の福利厚生制度利用率」といった分析が可能になりました。
- 課題の特定: データ分析を通じて、特定の部署や階層におけるエンゲージメントの低いグループや、ハラスメント相談が多い傾向にある領域などを特定し、具体的な課題解決に向けた施策立案につなげました。
-
従業員への啓発とコミュニケーション:
- システム改修の目的説明会: 全従業員向けに、人事システム改修の背景、目的、多様な情報登録が可能になったことの意義について、丁寧な説明会を実施しました。
- データプライバシーに関する情報公開: 収集するデータの種類、利用目的、管理体制、匿名化の徹底など、データプライバシーに関する方針を明確に定めた上で、社内ポータルなどで公開し、従業員の不安解消に努めました。
- データ活用結果のフィードバック: 全体の傾向や anonymized(匿名化)された分析結果の一部を、社内報やD&I推進委員会などを通じて従業員にフィードバックし、データに基づいたD&I推進の取り組みが進んでいることを可視化しました。
導入プロセスと課題
この取り組みの導入プロセスは、まず人事部D&I推進チーム内での課題認識から始まりました。次に、システム部門と連携し、技術的な実現可能性やコストについて検討を進めました。経営層への提案においては、単なるコストではなく、従業員のエンゲージメント向上、採用力強化、離職率低下といった、ビジネスインパクトに繋がる可能性をデータで示すことに注力しました。特に、海外拠点での先行事例や、他社のデータ活用動向などを参考に、投資対効果について丁寧に説明を行いました。
導入時に直面した課題としては、以下の点が挙げられます。
- 既存システムの制約と改修コスト: 長年利用してきた基幹人事システムは、多様性への対応を想定していなかったため、抜本的な改修が必要であり、多額のコストと時間が発生しました。
- 従業員のプライバシーに関する懸念: センシティブな個人情報を登録することに対する従業員の抵抗感や、データが悪用されるのではないかという懸念が存在しました。
- データ活用のスキル不足: 収集したデータを分析し、示唆を得るための専門知識やスキルを持つ人材が不足していました。
- 経営層への効果の説明: D&I施策の効果を定量的に示すことは容易ではなく、システム投資に見合うリターンがあるのかを納得させる必要がありました。
これらの課題に対して、アドバンスサービスは以下の対応を取りました。
- 段階的な導入と外部専門家との連携: すべてのシステムを一度に改修するのではなく、優先順位の高い項目から段階的に導入を進めました。また、システムベンダーやD&Iコンサルタントと密に連携し、技術的・専門的なアドバイスを得ながらプロジェクトを推進しました。
- 徹底した透明性とコミュニケーション: データ収集の目的、利用範囲、匿名化・セキュリティ対策について、全従業員に対し多言語対応も含め繰り返し説明会やFAQサイトでの情報提供を行い、従業員の不安解消と信頼醸成に努めました。個人情報の登録は完全に任意であることを明確に伝え続けました。
- 社内人材育成と外部パートナー活用: データ分析専門チームと連携し、D&I推進担当者のデータリテラシー向上を図るとともに、外部のデータ分析コンサルティングサービスも活用しました。
- 長期的な視点での説明: 経営層に対しては、短期的なROIだけでなく、多様な人材が定着し活躍することによる長期的な企業価値向上(イノベーション創出、ブランドイメージ向上など)の重要性を粘り強く訴えました。
導入後の変化と効果
人事システム改修とデータ活用基盤の構築により、アドバンスサービスでは以下のようなポジティブな変化が見られました。
- 従業員エンゲージメントの向上: 従業員サーベイにおいて、「自身の属性が組織で受け入れられていると感じるか」「会社は多様性を尊重しているか」といった項目で肯定的な回答が増加しました。特定のグループに焦点を当てたデータ分析により、具体的な課題への対応策を迅速に実行できたことが効果に繋がったと考えられます。
- 採用活動への好影響: 採用ホームページや説明会において、多様な情報登録が可能な人事システムや、データに基づいたD&I推進の取り組みについて具体的に説明することで、多様なバックグラウンドを持つ候補者からの関心が高まり、採用競争力の向上に寄与しました。
- 制度利用率の可視化と促進: パートナーシップ登録を可能にしたことで、関連する福利厚生制度の利用者が明確になり、制度が実際に利用されていることを可視化できました。これにより、制度の存在が従業員に浸透していることが確認できたほか、さらなる利用促進に向けた施策(例:社内報での利用者インタビュー掲載)を検討する材料となりました。
- ハラスメント対策の強化: ハラスメント相談データと属性データを匿名で連携させることで、特定の属性に対するハラスメントの傾向をより詳細に分析できるようになり、予防研修の内容改善や、よりターゲットを絞った啓発活動が可能となりました。
- D&I推進のPDCAサイクル確立: データに基づいた現状分析、施策立案、効果測定、改善というPDCAサイクルが確立され、より効果的かつ効率的なD&I推進が可能になりました。主観や経験だけでなく、客観的な根拠に基づいた意思決定ができるようになったことは、経営層への報告や予算獲得においても有利に働いています。
成功のポイントと示唆
アドバンスサービスの取り組みが成功に至った主なポイントは、以下の通りです。
- インフラとしてのシステム改修: D&Iを推進するための土台として、人事システムという「インフラ」を多様性に対応できるよう根本的に改修したこと。これは、表面的な制度追加だけでなく、組織の仕組みそのものを変革する上で不可欠でした。
- データ活用の目的意識の明確化: 単にデータを集めるだけでなく、「なぜデータを集めるのか」「そのデータをどう活用してD&I推進につなげるのか」という目的意識が明確であったこと。これにより、システム改修の要件定義や従業員への説明が円滑に進みました。
- 従業員への丁寧なコミュニケーション: プライバシーに関わる情報を取り扱う上で、透明性の高い情報公開と、従業員の疑問や懸念に寄り添う丁寧なコミュニケーションを徹底したこと。これにより、従業員の信頼を得て、データ提供への協力を促進しました。
- 部門横断的な連携: 人事部門だけでなく、システム部門、法務部門、広報部門、そして従業員コミュニティなど、様々な部門やステークホルダーと連携しながらプロジェクトを進めたこと。
- 経営層の理解とコミットメント: システム改修やデータ活用には相応の投資が必要であり、経営層がD&I推進の重要性を理解し、必要なリソースを投じる判断を下したことが、取り組み成功の大きな要因となりました。
この事例から得られる示唆は、人事システムが単なる管理ツールではなく、インクルーシブな組織文化を構築するための重要なツールとなりうるということです。また、データは施策の効果を客観的に評価し、改善を続ける上で強力な武器となります。読者の皆様におかれましても、自社の人事システムやデータ活用について、多様性・インクルージョン推進の観点から見直してみることをお勧めします。
まとめ
アドバンスサービスの事例は、人事システムの改修とデータ活用が、LGBTQ+インクルージョンを含む多様性推進を、より戦略的かつ効果的に進める上でいかに重要であるかを示しています。インフラを整え、そこに蓄積されるデータを活用することで、従業員の現状を客観的に把握し、施策の効果を測定し、継続的な改善サイクルを回すことが可能になります。
この取り組みは、多くの企業が抱える「施策が形式的になりがち」「効果が測定しにくい」「経営層への説明が難しい」といった課題に対する一つの有効な解決策を提示しています。人事担当者の皆様におかれましては、ぜひこの事例を参考に、自社の人事システムやデータ基盤のあり方を見直し、データに基づいたインクルーシブな組織づくりを加速させていただければ幸いです。アドバンスサービスは今後も、データ活用を通じて従業員の多様なニーズを把握し、よりきめ細やかなサポート体制を構築していく展望を描いています。