大手交通インフラ企業 コネクトトランジットの挑戦:地域社会と従業員を繋ぐLGBTQ+インクルージョン
大手交通インフラ企業におけるLGBTQ+インクルージョンの意義と挑戦
交通インフラは、人々の生活や経済活動の基盤を支える不可欠な存在です。多様な人々が利用し、多様なバックグラウンドを持つ従業員が働くこの領域において、LGBTQ+(性的指向・性自認において多数派ではない人々)を含む全ての人が安心して利用・就労できる環境を整備することは、企業の社会的責任として、また持続可能な事業運営の観点からもその重要性を増しています。
しかし、広範な顧客接点と多岐にわたる職種、特に現場部門を含む組織においては、従業員の意識や理解にばらつきが生じやすく、取り組みの浸透に課題を抱える企業も少なくありません。また、地域社会との関わりが深い事業であるため、外部との連携においても配慮が必要となります。
本記事では、大手交通インフラ企業であるコネクトトランジット株式会社が、このような背景のもと、どのようにLGBTQ+インクルージョンに取り組んできたのか、特に地域社会との連携と従業員意識改革を統合したアプローチに焦点を当て、その具体的な取り組み内容、導入プロセスでの課題、そして得られた効果について詳しくご紹介します。
コネクトトランジット株式会社の具体的な取り組み
コネクトトランジット株式会社は、鉄道、バス、タクシー、不動産、流通など多角的な事業を展開する大手交通インフラ企業です。同社がLGBTQ+インクルージョンを本格的に推進するにあたり、以下の柱を立てて取り組みを進めました。
1. 誰もが安心して利用できるサービスと顧客対応の強化
交通インフラ企業として、まず顧客への対応において多様性への配慮が不可欠であると考えました。
- ユニバーサルデザインへの配慮: 駅構内や車両、施設のサイン表示において、性別に関わらず利用しやすい多目的トイレの拡充や、よりインクルーシブな表現(例:「男性用」「女性用」以外の表示を検討)を進めています。
- 顧客対応ガイドラインの改訂: 多様な顧客に対する適切な言葉遣いや対応に関するガイドラインを改訂し、研修を通じて従業員に浸透を図っています。特に、外見と公的身分証の性別が異なるお客様への対応など、具体的なケーススタディを取り入れています。
- 広告・プロモーションにおける多様な表現: 企業広告や沿線プロモーションにおいて、特定の性別役割や家族形態に偏らない、より多様な人々を肯定的に描く表現を取り入れるよう配慮しています。
2. 従業員の理解促進と意識改革のための教育・研修
全従業員がLGBTQ+について正しく理解し、建設的な対話ができる組織文化を醸成するために、多層的な教育プログラムを実施しています。
- 全従業員向けeラーニング: LGBTQ+に関する基本的な知識、用語、アライ(支援者)の役割、ハラスメント防止などを網羅したeラーニングを必須受講として導入しました。これにより、最低限の共通認識を持つことを目指しました。
- 管理職向け研修: 部下の多様性を理解し、心理的安全性の高いチームを作るための管理職向け研修を強化しました。カミングアウトを受けた際の対応、適切な言葉遣い、公正な評価など、実践的な内容に重点を置いています。
- 現場部門向けワークショップ: 駅員、乗務員、整備士など現場で働く従業員向けに、対話形式のワークショップを実施しました。日々の業務で想定される顧客や同僚との関わりの中で、どのように多様性に配慮できるかを具体的に考え、互いの意見交換を通じて理解を深める機会を設けています。
3. 公正な人事制度・福利厚生の整備
婚姻に相当する関係にある同性パートナーを、社内制度において異性パートナーと同等に扱うための制度改訂を進めました。
- パートナーシップ制度の導入: 企業独自のパートナーシップ制度を導入し、慶弔休暇、家族手当、赴任手当、社宅利用、福利厚生施設の利用など、様々な制度において異性婚と同等の権利を付与しました。
- 性別適合医療関連のサポート: 性別移行を検討・実施する従業員に対し、休暇制度や、必要に応じて医療費補助などに関する相談窓口を設置し、個別の状況に応じたサポートを提供しています。
- 通称名使用の拡大: 社内システム、名刺、メールアドレス、社員証など、業務上使用する様々な場面での通称名使用を可能としました。
4. 社内コミュニティとアライネットワークの活性化
当事者やアライが安心して交流し、情報交換できる場を設けることで、社内からの草の根の活動を支援しています。
- LGBTQ+当事者・アライ向けコミュニティ支援: 社内コミュニティの設立・運営を支援し、交流イベントや情報共有会、勉強会などの開催を後押ししています。経営層や人事部門も定期的にコミュニティと意見交換会を実施し、現場の声を施策に反映させる仕組みを作っています。
- アライ育成プログラム: アライの役割や行動指針を明確にし、積極的にアライを増やすための啓発活動やワークショップを実施しています。アライであることを表明できるツール(例:レインボーカラーのステッカー、ピンバッジなど)を提供し、可視化を促進しています。
5. 地域社会・外部機関との連携
地域社会におけるLGBTQ+インクルージョンの推進にも貢献することを目指し、外部との連携を積極的に行っています。
- 沿線地域での啓発イベント: 沿線の自治体やNPOと連携し、地域のイベントでLGBTQ+に関する啓発活動や情報提供ブースを出展しています。
- 学校等への出前授業: 沿線地域の小中学校や高校に出向き、交通インフラ企業として社会の多様性を支える重要性や、インクルージョンへの取り組みについて授業を実施しています。
- 外部専門家との協働: 制度設計や研修内容の検討においては、LGBTQ+に関する専門的な知見を持つ外部コンサルタントやNPOと連携し、施策の実効性を高めています。
導入プロセスと直面した課題
コネクトトランジット株式会社がこれらの取り組みを進める上で、いくつかの課題に直面しました。
推進体制の構築と合意形成
多様な事業部門、特に全国に拠点を持つ現場部門が多い組織構造のため、推進体制の構築と全社的な方針の浸透に時間を要しました。D&I推進室が中心となりつつも、各事業部門から担当者をアサインしたワーキンググループを設置し、現場の意見を吸い上げながら施策を検討する体制としました。経営層への説明においては、企業の社会的責任に加え、人材確保や企業イメージ向上といった経営的メリットを具体的に示すことで、理解と承認を得ました。
現場従業員の理解度と抵抗感
特に現場で働く一部の従業員からは、「なぜ会社がそこまでやるのか」「自分たちには関係ない」といった声や、理解不足による戸惑いが見られました。これに対し、全従業員向けeラーニングで基礎知識を提供するとともに、現場部門ごとの特性に合わせた対話型のワークショップを粘り強く実施しました。一方的な押し付けではなく、従業員自身の疑問や不安に寄り添いながら、多様な顧客や同僚と働くことの意義を共に考えるアプローチを重視しました。また、身近なアライを増やすことで、日常的なコミュニケーションの中で理解を深める環境整備にも力を入れました。
予算確保と効果測定
新たな制度導入や研修実施には当然コストがかかります。限られた予算の中で、費用対効果をどのように説明し、優先順位をつけるかが課題となりました。効果測定については、単に従業員アンケートの結果だけでなく、採用応募者数の変化、従業員エンゲージメントスコアの推移、顧客からの問い合わせやフィードバックの変化など、多角的な視点から取り組みの効果を検証し、継続的な改善や経営層への報告に活用しています。
導入後の変化と効果
これらの取り組みの結果、コネクトトランジット株式会社では様々なポジティブな変化が見られました。
心理的安全性の向上とエンゲージメントの向上
従業員アンケートの結果では、「職場で自分らしくいられる」という肯定的な回答が増加し、心理的安全性の向上が伺えました。これに伴い、従業員エンゲージメントスコアも改善傾向が見られます。特に、カミングアウトをした従業員からは、「以前より安心して仕事に取り組めるようになった」「周りの理解やサポートを感じる」といった定性的な声が多数寄せられています。アライを表明する従業員も年々増加しており、社内全体でインクルーシブな文化を育もうという機運が高まっています。
採用活動への好影響と企業イメージの向上
D&Iへの取り組みを積極的に情報発信するようになったことで、特に多様性を重視する求職者からの関心が高まり、採用応募者層が多様化しました。企業イメージに関する調査においても、「多様性を尊重する企業」という評価が高まる傾向が見られます。また、地域社会での啓発活動を通じて、地域住民からの企業に対する信頼感や親近感の向上にも繋がっています。
サービスの質の向上と新たな視点の獲得
顧客対応ガイドラインの見直しや従業員研修を通じて、多様な顧客ニーズへの理解が深まり、よりきめ細やかで質の高いサービス提供に繋がっています。また、従業員一人ひとりが多様な視点を持つことの重要性を認識したことで、サービスのユニバーサルデザイン化や、これまで気づかれなかった顧客ニーズの発見など、新たな視点からの改善提案が生まれる土壌が育まれつつあります。
成功のポイントと示唆
コネクトトランジット株式会社の取り組みが効果を上げている要因として、以下の点が挙げられます。
- 経営層の強いコミットメント: D&I推進室の設置やパートナーシップ制度導入など、重要な意思決定において経営層が明確なメッセージを発信し、後押ししたことが取り組みを加速させました。
- 現場との丁寧な対話: 本社主導だけでなく、現場部門の意見を吸い上げ、各部門の特性に合わせた形で施策を推進したことが、取り組みの浸透に不可欠でした。ワークショップ形式での対話が特に有効であったと言えます。
- 地域社会・外部機関との連携: 企業単独ではなく、地域社会やNPO、専門家と連携することで、より広範な視点を取り入れ、社会全体でのインクルージョン推進に貢献するという高い目標設定が、従業員のモチベーション向上にも繋がりました。
- 継続的な取り組みと効果測定: 一度制度を導入して終わりではなく、研修の継続実施、コミュニティ活動の支援、効果測定に基づく施策の見直しをPDCAサイクルで回していることが、着実な前進に繋がっています。
この事例から、特に広範な顧客接点や多層的な組織を持つ企業がLGBTQ+インクルージョンを進める上では、社内だけでなく地域社会を含む外部との連携が有効なアプローチとなり得ることが示唆されます。また、従業員、特に現場の従業員に対する丁寧な対話と、各部門の状況に応じたきめ細やかな研修の重要性が改めて浮き彫りになりました。
まとめ:地域社会との共生を目指すインクルージョン
コネクトトランジット株式会社の事例は、交通インフラ企業という社会性の高い事業を展開する企業が、どのようにLGBTQ+インクルージョンを推進し、従業員と地域社会双方にポジティブな影響をもたらしているかを示す好例です。単なる制度整備に留まらず、顧客対応の改善、従業員の意識改革、そして地域社会との連携を統合的に行うことで、企業価値の向上と持続可能な社会の実現に貢献しようとする同社の姿勢は、多くの企業にとって参考になるでしょう。
この事例から学べるのは、インクルージョンの取り組みは企業の内部だけに閉じるものではなく、事業特性に応じて顧客や地域社会といった外部ステークホルダーとの関わりの中でこそ、その意義や効果が最大化される可能性があるという点です。貴社においても、自社の事業特性や組織文化を踏まえ、どのようなアプローチが最も効果的か、本事例を参考に検討されてみてはいかがでしょうか。今後の更なる展開として、グローバルに事業を展開する企業であれば、海外拠点における多様性への配慮といったテーマも重要な視点となっていくと考えられます。