大手ゲーム開発・運営会社ファンタジーワークス株式会社の挑戦:クリエイティビティとチームワークを支えるLGBTQ+インクルージョン
はじめに:ゲーム産業における多様性とインクルージョンの重要性
大手ゲーム開発・運営会社であるファンタジーワークス株式会社は、「人々の想像力を刺激し、世界を繋ぐエンターテインメントを提供する」というミッションのもと、革新的なゲーム体験を創造してきました。ゲーム開発には、多様な文化、価値観、視点を取り込むことが不可欠であり、従業員一人ひとりの異なる感性や経験がクリエイティビティの源泉となります。
しかし、クリエイティブ産業特有の激務や、匿名性の高いオンライン環境に起因する課題、あるいは特定の集団内での同質性が、多様な人々が安心して働き、能力を最大限に発揮することを妨げる可能性も指摘されていました。ファンタジーワークスにおいても、一部の従業員から自身の性的指向や性自認に関してオープンに話せない、あるいは既存の制度が想定していない状況に直面するという声が上がっていました。
このような背景から、ファンタジーワークス株式会社は、ゲーム開発という事業特性を活かし、全ての従業員が自身の個性を受け入れられ、心理的安全性を感じながら最高のパフォーマンスを発揮できる職場環境を構築するため、LGBTQ+インクルージョンの推進を重要な経営課題と位置づけました。本記事では、同社がどのようにこの課題に取り組み、どのような成果を上げているのか、その具体的な事例をご紹介します。
ファンタジーワークス株式会社の具体的な取り組み内容
ファンタジーワークス株式会社は、LGBTQ+インクルージョンを推進するために、制度、研修、コミュニティ支援、社外連携など多角的な施策を展開しました。
1. 包括的な社内制度の整備
従来の制度を見直し、同性パートナーやトランスジェンダーの従業員が安心して働ける環境を整備しました。
- パートナーシップ制度の導入: 法的な婚姻関係にない同性パートナーを配偶者と同様に扱い、慶弔休暇、家族手当、赴任手当、社宅利用などの福利厚生制度を適用できるように規程を改定しました。
- 性別移行に関するサポート: 性別移行を検討・実行する従業員に対し、通院や手術のための特別休暇制度を設けました。また、人事システム上の表示名、社内コミュニケーションツールの表示名、社員証の名前などの変更をスムーズに行えるようガイドラインを整備し、本人の希望に基づき柔軟に対応できる体制を構築しました。
- 多目的トイレの設置: 本社オフィスに加え、各開発スタジオにも多目的トイレを設置しました。これは、性自認に基づいたトイレの使用に不安を感じる従業員への配慮として、多くの従業員からの要望を受けて実現したものです。
2. 従業員への啓発と研修の実施
従業員のLGBTQ+に関する理解を深め、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)を解消するための研修を継続的に実施しています。
- 全従業員向け基礎研修: LGBTQ+の基本的な知識、用語解説、職場におけるアライの重要性などを盛り込んだeラーニング研修を全従業員必修としました。これにより、最低限の知識レベルを全社で統一しました。
- マネージャー向け実践研修: 管理職層に対しては、部下との1on1での適切なコミュニケーション方法、カミングアウトを受けた際の対応、差別やハラスメントの防止と対応に関する実践的な研修を実施しました。ケーススタディを多く取り入れ、具体的な行動に繋がる内容としました。
- アライ育成プログラム: LGBTQ+当事者ではない従業員が、当事者を積極的にサポートする「アライ」となるためのプログラムを提供しています。勉強会の開催や、アライであることを意思表示するツールの配布などを行い、サポートネットワークの拡大を図っています。
3. 社内コミュニティ活動への支援
従業員主導のLGBTQ+関連コミュニティ「レインボーワークス」の活動を積極的に支援しています。
- 活動費支援: 定期的な情報交換会や交流イベントの開催費用を会社が支援しています。
- 情報発信プラットフォームの提供: 社内ポータルサイトやSNSを活用し、コミュニティからの情報発信やイベント告知をサポートしています。これにより、関心のある従業員が容易に情報にアクセスし、参加できるようになりました。
4. 事業への反映と外部連携
ゲーム開発という本業においても多様性を意識し、外部の専門機関とも連携しています。
- ゲーム内表現ガイドラインの策定: ゲームコンテンツにおける性的指向や性自認に関する表現について、当事者コミュニティの意見も聞きながらガイドラインを策定しました。これにより、多様なプレイヤーが安心して楽しめるゲームづくりを目指しています。
- 多様性レビューチームの設置: 主要なゲーム開発ラインにおいて、多様なバックグラウンドを持つメンバー(LGBTQ+当事者、アライ、外部アドバイザーなど)によるレビューチームを設置し、開発中のコンテンツについて多様性の観点からのフィードバックを得ています。
- 外部専門機関との連携: LGBTQ+に関する知見を持つNPOやコンサルティングファームと連携し、研修内容の監修や個別のケースに対するアドバイスを得る体制を構築しています。
導入プロセスと課題、そして乗り越え方
これらの取り組みは、短期間で実現したものではありません。導入にあたっては、いくつかの課題に直面しました。
導入プロセス:
- 課題の認識と経営層への提言: 従業員からの声や、他社事例、グローバルなD&I推進の潮流を踏まえ、人事部内のD&I推進担当者を中心にLGBTQ+インクルージョンを経営課題として位置づけました。経営層に対しては、単なるコンプライアンスとしてではなく、「多様な視点がクリエイティビティを加速する」「従業員のエンゲージメント向上はプロダクトの品質向上に繋がる」といった事業へのポジティブな影響を説明し、重要性を訴えました。
- 社内ワーキンググループ(WG)の発足: 人事部だけでなく、法務部、広報部、現場のマネージャー、そしてLGBTQ+当事者を含む多様な立場の従業員からなるWGを発足しました。WGは、現状の課題分析、制度案の検討、社内啓発の方法などを議論しました。当事者の声を聞く場を設けることで、実態に即した制度設計が可能になりました。
- 制度設計と社内承認: WGでの議論を経て具体的な制度案を作成し、段階的に社内承認プロセスを進めました。特に福利厚生制度の改定などは、公平性の観点からの議論や、コストに関する検討が必要でした。
- 試験導入と意見収集: 一部の制度や研修については、先行的に小規模なチームで試験導入を行い、従業員からのフィードバックを収集しました。これにより、全社展開前の課題特定と改善を図りました。
- 全社展開と継続的な実施: 試験導入の結果を踏まえ、制度や研修を全社に展開しました。一度導入して終わりではなく、定期的な研修の実施、コミュニティ活動への継続的な支援、制度利用状況のモニタリングなどを通じて、施策の定着と改善に努めています。
直面した課題と乗り越え方:
- 従業員の関心・理解度格差: 一部の従業員にはLGBTQ+に関する知識が不足していたり、自分事として捉えられなかったりする課題がありました。これに対し、単なる知識提供に留まらず、当事者の声を紹介する動画コンテンツの作成や、アライ研修での共感を促すワークショップなどを実施し、心理的な距離を縮める工夫を行いました。また、トップメッセージやマネージャーからの継続的な発信で、会社としてこの取り組みを重視している姿勢を明確に示しました。
- 現場マネージャーの負担増: 新しい制度や多様な部下への配慮について、現場マネージャーから負担増を懸念する声がありました。マネージャー向けの実践研修を充実させるとともに、相談窓口を設置し、個別のケースについて専門家や人事部のサポートを受けられる体制を整えました。
- ゲーム開発現場特有の文化との調整: クリエイティブな現場では、自由な発想を重視するあまり、時に配慮に欠ける言動が見られる可能性もゼロではありませんでした。ガイドライン策定やレビューチーム設置に加え、チーム内でのオープンな対話を促進するファシリテーション研修なども実施し、相互尊重の文化を醸成することを目指しました。
導入後の変化と効果
これらの粘り強い取り組みの結果、ファンタジーワークス株式会社の社内にはポジティブな変化が現れています。
- 心理的安全性の向上: 定期的な従業員意識調査において、「自分の意見を安心して言えるか」「自分らしさを発揮できるか」といった心理的安全性に関するスコアが改善傾向にあります。特にLGBTQ+当事者やそのアライからの肯定的なフィードバックが増加しています。「カミングアウトしていなくても、会社の制度があることで安心感がある」「アライの社員が増え、職場でより自然体でいられるようになった」といった定性的な声が聞かれています。
- 従業員エンゲージメントの向上: 会社への信頼度や貢献意欲を示すエンゲージメントスコアも上昇しており、多様な従業員が「この会社で長く働き続けたい」と感じる要因の一つとなっています。
- 採用活動への貢献: 採用面接において、候補者から会社のD&Iへの取り組みについて質問される機会が増加しました。企業のウェブサイトや採用イベントでのLGBTQ+インクルージョンに関する情報発信を強化した結果、多様なバックグラウンドを持つ優秀な人材からの応募が増え、採用競争力が高まっています。
- クリエイティビティへの好影響: 多様な視点がチーム内で共有されやすくなったことで、ゲームの企画段階からより幅広いユーザー層に響くアイデアが出やすくなりました。ゲーム内表現ガイドラインや多様性レビューチームの導入は、プロダクトの品質向上や新たな表現手法の模索にも繋がっています。
- 企業イメージの向上: 社外向けのCSRレポートやウェブサイトでこれらの取り組みを発信することで、企業イメージが向上し、ステークホルダーからの評価も高まっています。
成功のポイントと示唆
ファンタジーワークス株式会社の事例から、いくつかの重要な成功ポイントが見出されます。
- 経営層の強いコミットメント: D&I、特にLGBTQ+インクルージョンが単なる流行ではなく、事業成長に不可欠な要素であるという経営層の明確な認識と、それを繰り返し発信する姿勢が、取り組みを推進する上で最も重要な推進力となりました。
- 当事者を含む多様な従業員の巻き込み: 制度設計や施策立案のプロセスに、実際に影響を受ける従業員や現場の声を反映させたことが、実効性の高い施策に繋がりました。社内コミュニティとの連携も有効でした。
- 事業特性との関連付け: ゲーム開発におけるクリエイティビティとチームワークという、自社の核となる価値観とLGBTQ+インクルージョンの関連性を明確に打ち出したことが、従業員の共感を得やすくし、取り組みの意義を社内に浸透させる上で効果的でした。
- 制度と文化の両面からのアプローチ: 福利厚生制度の整備といったハード面だけでなく、研修やコミュニティ支援による従業員の意識改革や文化醸成といったソフト面にも継続的に投資したことが、真のインクルージョンを実現する上で不可欠でした。
- 粘り強いコミュニケーションと効果測定: 全従業員への丁寧な説明、FAQの整備、相談窓口の設置といった継続的なコミュニケーションに加え、従業員意識調査や制度利用状況などのデータに基づく効果測定を行い、改善点を見つけながらPDCAサイクルを回す姿勢が、取り組みの定着と進化を支えました。
まとめ:一歩踏み出す勇気と継続的な努力
ファンタジーワークス株式会社のLGBTQ+インクルージョンへの挑戦は、特定の産業に限らず、多様な企業にとって多くの示唆を含んでいます。特に、一見直接的な関連が薄いように見える事業特性(この事例ではクリエイティビティ)とインクルージョンの関係性を明確に定義し、従業員の共感を得ながら進めていくプロセスは参考になるのではないでしょうか。
もちろん、全ての企業が同様の課題を抱えているわけではありませんし、企業文化や規模によって最適なアプローチは異なります。しかし、「職場の虹事例集」の読者である人事部やD&I推進部門の皆様が、自社で何か新しい一歩を踏み出す際の具体的なヒントや、社内を説得するための材料として、この事例をご活用いただければ幸いです。
LGBTQ+インクルージョンは、一度制度を導入すれば完了するものではなく、社会の変化や従業員の声に耳を傾けながら、常に改善を続けていくプロセスです。ファンタジーワークス株式会社も、今後はサプライヤーやビジネスパートナーへの働きかけ、さらには地域社会との連携なども視野に入れ、より広範なステークホルダーと共にインクルーシブな社会の実現に貢献していくことを目指しています。この事例が、皆様の企業におけるインクルージョン推進の一助となれば幸いです。