職場の虹事例集

大手金融機関の挑戦:リスク管理・コンプライアンス部門連携が推進するLGBTQ+インクルージョン

Tags: 金融機関, リスク管理, コンプライアンス, LGBTQ+, 部門連携, D&I

大手金融機関の挑戦:リスク管理・コンプライアンス部門連携が推進するLGBTQ+インクルージョン

金融業界は、厳格な規制と高い倫理観が求められる領域であり、信頼性が最も重要な要素の一つです。この信頼性を維持・向上させる上で、企業のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)推進、特にLGBTQ+インクルージョンへの取り組みが、単なる人事施策に留まらず、リスク管理やコンプライアンスの観点からも重要視されるようになっています。

本記事では、リスク管理およびコンプライアンス部門との連携を通じて、LGBTQ+インクルージョンを効果的に推進している大手金融機関の事例をご紹介します。この企業は、D&I推進を経営戦略と位置づけつつも、特に金融業界特有の課題、すなわち従業員のLGBTQ+に関する無理解や偏見が、顧客対応や内部手続きにおいて潜在的なリスク(評判リスク、法的リスク、オペレーショナルリスクなど)となり得る点に危機感を抱いていました。そこで、人事部門とリスク管理・コンプライアンス部門が協働することで、インクルージョン推進を企業のリスク管理体制強化、ひいては企業価値向上に繋げるアプローチを試みました。

具体的な取り組み内容

この金融機関が実施した主要な取り組みは、以下の通りです。

1. リスク管理・コンプライアンス部門との定期的な情報交換と共同リスク評価

D&I推進部門は、リスク管理部門およびコンプライアンス部門と定期的なミーティングを実施しました。このミーティングでは、LGBTQ+に関する最新の社会動向、国内外の法規制の動き、そして社内外で発生しうるLGBTQ+に関連する潜在的リスクシナリオ(例:顧客に対する不適切な言動による評判低下、従業員間のハラスメント、差別的な内部手続きによる法的リスクなど)について議論しました。共同でリスク評価シートを作成し、リスクの発生可能性と影響度を多角的に分析しました。

2. コンプライアンス研修へのLGBTQ+関連コンテンツ組み込み

全従業員向けの必須コンプライアンス研修に、LGBTQ+に関する基礎知識、差別・ハラスメント防止、アライシップ、そして多様な顧客への対応に関するセクションを新たに組み込みました。特に、金融サービス提供における顧客のプライバシー保護と多様なニーズへの配慮の重要性を強調しました。これにより、従業員はLGBTQ+に関する知識を習得すると同時に、それが企業のコンプライアンス遵守およびリスク管理においていかに不可欠であるかを認識する機会を得ました。

3. 内部通報制度におけるLGBTQ+関連ハラスメント・差別の報告体制強化

既存の内部通報制度において、LGBTQ+に関するハラスメントや差別に関する報告ルートを明確化しました。また、通報者のプライバシー保護と安全確保を徹底することを改めて従業員に周知しました。リスク管理部門と連携し、通報された事案の分類、調査、対応プロセスを標準化し、再発防止策を強化しました。

4. 管理職向けリスク管理視点のD&I研修

管理職向けには、一般的なD&I研修に加え、チーム内のLGBTQ+従業員をサポートすること、および多様なチーム環境が潜在的リスク(ハラスメント、生産性の低下など)を抑制し、逆にイノベーションや心理的安全性を高めることにつながる点を、具体的なリスク管理の事例を交えて説明しました。これにより、管理職はD&I推進が単なる人事施策ではなく、チームマネジメントおよびリスク管理の責任の一部であることを深く理解しました。

導入プロセスと課題

これらの取り組みは、当初、いくつかの課題に直面しました。まず、異なる専門性を持つ人事部門、リスク管理部門、コンプライアンス部門間の連携体制構築には時間を要しました。「LGBTQ+は人事の管轄」「リスク管理は数値や法令ベースで行うもの」といった部門間の意識の違いを調整する必要がありました。

この課題を乗り越えるために、経営層からの明確なメッセージ発信が重要な役割を果たしました。D&I推進が企業の持続的な成長とリスク管理に不可欠であることをトップが強調し、部門連携の重要性を説きました。また、人事部門は、LGBTQ+に関する国内外の最新動向や、他の先進的な金融機関の取り組み、そして実際に発生した差別事例が企業にもたらすリスク(訴訟リスク、従業員の離職、顧客離れ、ブランドイメージ低下など)に関する具体的なデータや情報をリスク管理・コンプライアンス部門に提供し、共通認識を醸成する努力を重ねました。外部のD&Iコンサルタントや弁護士の知見を活用し、研修コンテンツやリスク評価の専門性を確保したことも、取り組みの質を高める上で有効でした。

導入後の変化と効果

取り組みの導入後、社内には複数のポジティブな変化が見られました。

具体的なデータとしては、研修受講率が目標値を上回り、社内意識調査における「差別やハラスメントを感じたことがある」という回答率が段階的に低下したことなどが報告されています。

成功のポイントと示唆

この事例における成功のポイントは、D&I推進を単独のイニシアチブとしてではなく、企業の根幹であるリスク管理・コンプライアンス体制と連携させた点にあります。

  1. D&Iを経営リスク・機会と捉える視点: LGBTQ+に関する無理解や偏見が、具体的な事業リスク(評判、訴訟、オペレーショナルなど)に繋がりうることを経営層および各部門が共通認識として持つこと。同時に、インクルージョンが新たな事業機会や企業価値向上に繋がりうることを理解すること。
  2. 部門横断的な連携: 人事部門が中心となりつつも、リスク管理、コンプライアンス、法務など関連部門を巻き込み、共通の目標(例:リスクの低減、信頼性の向上)を設定し、協働する体制を構築すること。
  3. 実践的で継続的な教育: 従業員に対して、なぜD&Iが重要なのか、それが自分たちの業務やコンプライアンスにどう関連するのかを具体的に示す研修を継続的に実施すること。特に管理職層への働きかけを強化すること。
  4. 外部専門家の活用: LGBTQ+やリスク管理・コンプライアンスに関する専門知識が社内に不足している場合は、外部の専門家やNPO等との連携も有効です。
  5. 効果の可視化: 取り組みの効果を、従業員アンケート、内部通報データ、リスク評価結果、外部評価など、可能な範囲で定量・定性的に測定し、成果を共有すること。これは、継続的な改善と経営層への説明責任を果たす上で不可欠です。

まとめ

本記事でご紹介した大手金融機関の事例は、LGBTQ+インクルージョンへの取り組みが、企業の信頼性向上、リスク管理体制強化、そしてコンプライアンス遵守といった金融機関に求められる重要な要素と深く結びつくことを示唆しています。単に制度を導入するだけでなく、それが事業活動や組織文化にどのように統合されるかを戦略的に考え、部門間の連携を通じて推進することで、より強固で持続可能な企業基盤を築くことが可能となります。

企業のD&I推進担当者の皆様にとって、この事例が自社における施策立案、特に経営層や他部門への連携の重要性を説く上での参考となれば幸いです。D&Iは、変化の激しい現代において、企業がリスクを管理し、機会を捉え、社会からの信頼を得るための重要なドライバーとなり得ます。ぜひ、貴社におけるインクルージョン推進においても、多角的な視点を取り入れ、経営戦略との連携を深めていくことを検討されてみてはいかがでしょうか。