大手金融グループの挑戦:子会社・関連会社を含めたLGBTQ+インクルージョン推進戦略
グループ全体で多様な人材が活躍できる職場を目指して:大手金融グループの挑戦
多くの企業が多様な人材の活躍推進、特にLGBTQ+に関するインクルージョンに取り組んでいます。親会社単体での施策導入が進む一方で、多様な事業を展開し、複雑な組織構造を持つ大手グループ企業においては、子会社や関連会社を含めたグループ全体への施策浸透が課題となるケースが多く見られます。一律の制度適用が難しい、各社の文化や事業特性への配慮が必要といった点から、どのように全社的な推進を図るか、その具体的な手法が求められています。
本記事では、多岐にわたる金融サービスを展開する大手金融グループである「グローバルファイナンシャルグループ」(仮称)が、どのようにグループ全体でLGBTQ+インクルージョンを推進したのか、その背景、具体的な取り組み、直面した課題、そして得られた効果について詳しくご紹介します。多様な組織においてインクルージョンを定着させるための実践的なヒントとして、人事担当者やD&I推進担当者の皆様の参考になれば幸いです。
グループ共通の理念に基づいた多層的な取り組み
グローバルファイナンシャルグループでは、持続的な成長には多様なバックグラウンドを持つ従業員一人ひとりが最大限の能力を発揮できる環境が不可欠であると考え、早くからD&Iを経営戦略の柱の一つとして位置づけていました。その中でもLGBTQ+インクルージョンは、従業員の心理的安全性確保や離職率抑制、そして多様な顧客ニーズへの対応力の観点から重要課題と捉えられていました。
しかし、銀行、証券、保険、リース、カードといった多様な業態の子会社や、海外を含む多数の関連会社が存在するため、親会社主導の一方的な施策展開では現場の実態に合わない、あるいは抵抗を生むといった懸念がありました。そこで、同グループでは以下の多層的なアプローチを組み合わせ、グループ全体での推進を図りました。
- グループ共通の基本理念とポリシー策定: グループ全体の行動規範に多様性の尊重を明記し、性的指向・性自認に関する差別やハラスメントを禁止する明確なポリシーを策定しました。これはグループ共通の「土台」として、各社の取り組みの根拠となります。
- グループ横断推進体制の構築: 親会社のD&I推進部門がハブとなり、各主要子会社にD&Iまたは人事担当者の中から推進キーパーソンを選任しました。定期的なグループ横断会議を開催し、情報共有、課題検討、施策の方向性統一を図りました。
- 制度導入の標準化とカスタマイズ支援: 親会社で導入済みのパートナーシップ制度、慶弔休暇・特別休暇制度における同性パートナーの適用、性自認に基づく名称変更手続きに関するガイドラインなどを「モデル規程」として提示しました。各子会社はこれを参考にしつつ、自社の就業規則や給与規程などの体系に合わせて導入・カスタマイズできるように、親会社D&I推進部が個別に相談・支援を行いました。
- グループ共通研修と子会社別カスタマイズ研修: 全従業員向けのeラーニング研修はグループ共通で実施し、LGBTQ+に関する基礎知識やアライシップについて啓発しました。加えて、各子会社の事業内容(例:顧客対応が多い部署、対面での手続きが多い部署など)や従業員構成(例:現場職が多い、管理職比率が高いなど)に応じた、より実践的で具体的な内容の対面研修やワークショップを企画・提供しました。特に管理職向けには、部下との面談における配慮や、ハラスメント発生時の対応などを重点的に実施しました。
- グループ横断従業員ネットワーク(ERG)の支援: 親会社に設置されたLGBTQ+関連の従業員ネットワークが中心となり、情報発信やイベント企画を行いつつ、各子会社でのネットワーク設立や活動を資金面、情報面で支援しました。子会社独自のイベント開催や、地域拠点を結んだオンライン交流会の実施などを後押ししました。
- 相談体制の連携強化: グループ共通で契約しているEAP(従業員支援プログラム)におけるLGBTQ+対応窓口を周知徹底するとともに、各子会社の人事部や産業保健スタッフとの連携を強化し、どこに相談しても適切な情報や支援が得られる体制を構築しました。
導入プロセスで直面した課題とその克服
グループ全体での推進は容易ではなく、いくつかの課題に直面しました。
- 各社における理解度・関心度のばらつき: 親会社や一部の子会社ではD&I推進が進んでいましたが、地方拠点が多い会社や、特定の職種が多い会社では、LGBTQ+に関する知識や関心が低い従業員も少なくありませんでした。経営層の理解やコミットメントにも温度差が見られるケースがありました。
- 制度導入における個社事情への対応: モデル規程を提示しても、各社の就業規則の歴史的背景や、既存の福利厚生制度との整合性を図るのに時間や手間がかかりました。特に、人事システムの改修が必要な場合は、予算やスケジュールの調整が課題となりました。
- コミュニケーションと浸透の難しさ: グループ報や社内ポータルサイトでの情報発信だけでは、全ての従業員に情報が届きにくい、あるいは自分ごととして捉えてもらえないという課題がありました。膨大な数の子会社・関連会社に対し、個別に丁寧な説明や対話を行うリソースも限られていました。
- 予算とリソースの配分: グループ全体での施策実施には相応の予算が必要ですが、各社の経営状況やD&Iへの投資優先順位は一様ではありませんでした。推進キーパーソンに任命された担当者が、本来業務と兼務しているため十分な時間を割けないといった課題も見られました。
これらの課題に対し、同グループでは以下の対応を行いました。
- 経営層への粘り強い説明とコミットメント要請: グループCEOは継続的にD&Iの重要性をメッセージとして発信し、各子会社のトップに対してもグループ方針への準拠と積極的な推進を求めました。具体的なKPI設定も検討されました。
- 成功事例の横展開と共有: グループ横断会議や社内報で、いち早く制度を導入したり、積極的な啓発活動を行った子会社の事例を紹介し、他の会社への刺激としました。「うちでもできるかもしれない」という意識を醸成することを目指しました。
- 推進キーパーソンへの権限委譲と支援: 各社のキーパーソンには、ある程度の裁量を与え、自社の状況に合わせた施策を企画・実行することを奨励しました。親会社D&I推進部が専門的な情報提供や外部講師の手配、予算申請のサポートなどをきめ細かく行いました。
- ボトムアップの動きを後押し: 従業員ネットワークからの提言や要望を積極的に吸い上げ、施策に反映させる仕組みを作りました。これにより、従業員の「自分たちの会社を変えたい」という熱意を推進力に変えました。
グループ全体の変化と効果
これらの粘り強い取り組みの結果、グローバルファイナンシャルグループではグループ全体でLGBTQ+インクルージョンに対する意識と環境にポジティブな変化が見られました。
- 制度のグループ全体での浸透: パートナーシップ制度や名称変更制度は、段階的にではありますが多くの主要子会社で導入が進みました。これにより、グループ内のどこで働く従業員であっても、基本的な権利や配慮を受けられる環境が整備されました。
- 従業員の意識と心理的安全性の向上: グループ全体で実施したエンゲージメントサーベイでは、「多様性が尊重されていると感じる」「自分の意見を安心して言える」といった設問に対する肯定的な回答率が、取り組み開始前と比較して有意に向上しました。特に子会社の従業員からの肯定的な回答が増加傾向を示しました。
- 活発化する従業員ネットワーク: 各子会社や地域拠点で小規模な従業員ネットワークが新たに設立されたり、既存ネットワークの参加者が増加したりしました。オンラインでのグループ横断交流も活発になり、情報交換や相互支援が進みました。
- 採用活動における優位性: グループ全体としてD&I、特にLGBTQ+インクルージョンへの取り組みを積極的に発信することで、多様なバックグラウンドを持つ優秀な人材からの応募が増加しました。特に、D&Iへの意識が高い若年層からの評価が高まりました。
- 企業イメージの向上: ESG投資家や顧客、地域社会からの企業評価が向上しました。多様なニーズに応えられる企業として、ブランドイメージの強化に繋がりました。
- 経営層への説明材料: エンゲージメント向上や採用力強化といった具体的な成果は、D&I推進が単なるコンプライアンス対応ではなく、企業価値向上に貢献する取り組みであることを示す経営層への説明材料となりました。
成功のポイントと示唆
グローバルファイナンシャルグループの事例から、大手グループ企業がLGBTQ+インクルージョンを成功させるためのいくつかのポイントが見出されます。
第一に、経営トップの明確なコミットメントと、それをグループ各社に展開するリーダーシップが不可欠です。トップの姿勢は、グループ全体の文化を醸成する上で最も強力なメッセージとなります。
第二に、グループ共通の理念や基盤(ポリシー、モデル規程、共通研修など)をしっかりと構築しつつ、各社固有の事情や文化に合わせた柔軟な導入支援とカスタマイズを許容することです。画一的な施策では浸透が難しいため、共通項と多様性を両立させるバランス感覚が求められます。
第三に、グループ横断の推進体制と、各社のキーパーソン間の密な連携です。情報共有、課題の共同検討、成功事例の共有などを通じて、グループ全体としての推進力を維持・向上させることが重要です。
第四に、ボトムアップの声を拾い上げ、従業員ネットワークの活動を支援することです。現場の「自分たちの職場をより良くしたい」という声やエネルギーは、施策をより実効性のあるものにし、文化変革を内側から推進する力となります。
まとめ
グローバルファイナンシャルグループの事例は、大手グループ企業がLGBTQ+インクルージョンを推進する上での複雑さと、それを乗り越えるための多角的アプローチの有効性を示しています。共通の理念と基盤を定めつつ、各社の自律的な取り組みを支援し、グループ横断での連携を強化することが、多様な組織におけるインクルージョン浸透の鍵となります。
この事例から学べることは、単に制度を導入するだけでなく、いかにその制度をグループの隅々にまで浸透させ、従業員一人ひとりが「自分ごと」として捉えられるようにするかという点です。経営層の強力なリーダーシップ、現場の声を反映した施策、そして粘り強いコミュニケーションと啓発活動が組み合わされることで、複雑な組織においてもインクルーシブな文化は着実に醸成されていきます。
貴社がグループ全体でのD&I推進、特にLGBTQ+に関する施策を検討されている場合、この事例が、自社の組織構造や文化に合わせた戦略を立案・実行するための具体的な参考情報となれば幸いです。今後も、グループ全体のエンゲージメント向上、多様な人材の獲得、そして持続的な企業価値向上に向けて、この取り組みはさらに深化していくことでしょう。