大手金融機関フィナンシャルゲートの挑戦:目標設定・評価プロセスへの多様性視点導入がもたらすエンゲージメントとパフォーマンス向上
大手金融機関フィナンシャルゲートの挑戦:目標設定・評価プロセスへの多様性視点導入がもたらすエンゲージメントとパフォーマンス向上
企業のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)推進において、LGBTQ+インクルージョンは重要なテーマの一つです。しかし、その取り組みが単なる制度の整備にとどまらず、従業員の意識変革や日々の業務に深く根ざすためには、組織の基盤となる人事評価制度への視点導入が不可欠です。
本稿では、大手金融機関であるフィナンシャルゲート株式会社(以下、フィナンシャルゲート)がどのように目標設定および評価プロセスに多様性視点を導入し、従業員のエンゲージメントと組織全体のパフォーマンス向上に繋げたのか、その具体的な取り組み事例をご紹介します。
なぜ目標設定・評価プロセスへの多様性視点導入が必要だったのか
フィナンシャルゲートでは、以前から多様な人材の採用や育成に力を入れていましたが、既存の目標設定・評価プロセスが画一的であり、必ずしも多様な働き方や貢献の仕方を適切に評価できていないという課題意識がありました。特に、従来の評価基準が特定のキャリアパスや働き方を前提としていたため、LGBTQ+を含む多様なバックグラウンドを持つ従業員が、自身の強みや個性を活かしきれず、十分に評価されていないと感じるケースがあることが、従業員エンゲージメントサーベイや離職理由の分析から明らかになっていました。
また、従業員が自身のアイデンティティや多様な価値観についてオープンに語り、それに基づいた目標設定やキャリアパスを描くことへの心理的なハードルも存在していました。真にインクルーシブな組織文化を醸成するためには、制度面だけでなく、従業員一人ひとりの成長を支える評価の仕組みそのものを見直すことが急務であると判断しました。
こうした背景から、フィナンシャルゲートは、目標設定および評価プロセスに多様性、特にLGBTQ+インクルージョンの視点を組み込むプロジェクトを立ち上げました。
具体的な取り組み内容
フィナンシャルゲートが実施した主な取り組みは以下の通りです。
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評価基準の見直しと多様な貢献の定義:
- 従来の職務遂行能力や成果に加え、チームへの貢献、新しい視点やアイデアの創出、DE&I推進活動への参加、アライとしての行動なども評価対象に含めるよう、評価基準を多角化しました。
- 特に、「インクルーシブリーダーシップ」という項目を新設し、多様なメンバーの意見を尊重し、心理的安全性の高いチーム環境を構築・維持するマネージャーの能力を評価する基準を設けました。
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目標設定時の対話促進と多様な目標設定の支援:
- 上司と部下の目標設定面談をより丁寧に行うためのガイドラインを策定し、研修を実施しました。
- ガイドラインでは、従業員が自身のキャリアや働き方に関する多様な希望(例:柔軟な勤務体系、副業、特定の社内活動への参加など)を安心して上司に伝えられるような対話の促進を推奨しました。
- LGBTQ+従業員が、カミングアウトの状況にかかわらず、自身のアイデンティティやパートナーシップに関する情報(例:休暇取得の理由など)を伝えることへの心理的な障壁を減らすため、情報開示は任意であること、開示された情報が評価に不利益に影響しないこと、むしろ必要に応じて個別の配慮や支援に繋がる可能性があることを、ガイドラインや研修で明確に伝えました。
- 当事者ネットワーク活動やアライ活動といったD&I関連の取り組みを、個人の成長や組織貢献に繋がる目標として設定することを奨励しました。
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評価者(マネージャー層)向け研修の強化:
- 評価者が多様な従業員を公正に評価できるよう、LGBTQ+に関する基礎知識、無意識のバイアス(アンコンシャスバイアス)に関する研修を必須としました。
- 評価面談における具体的なロールプレイングを取り入れ、多様なバックグラウンドを持つ部下との対話スキル、建設的なフィードバックの方法を習得させました。
- 特に、個別の事情(例:トランスジェンダー従業員の移行プロセスに伴う一時的な配慮など)に対する理解と、公正かつ個別最適な評価のバランスの取り方について議論するセッションを設けました。
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フィードバック文化の醸成と相談窓口の整備:
- 目標達成度だけでなく、日々のプロセスや行動、チームへのポジティブな影響なども含めた多面的なフィードバックを奨励しました。
- 評価プロセスや結果に関する懸念や相談を受け付ける窓口として、人事部のD&I担当、ハラスメント相談窓口、外部の専門機関との連携を強化し、安心して相談できるルートを整備しました。
導入プロセスと課題
これらの取り組みは、人事部D&I推進チームが中心となり、経営企画部門、現場部門、従業員ネットワークと連携して推進されました。
導入プロセス: まず、現状の評価制度の課題を定量(従業員エンゲージメントサーベイの分析、評価分布データ、離職率など)および定性(ヒアリング、フォーカスグループインタビューなど)の両面から詳細に分析しました。このデータをもとに、目標設定・評価プロセスの見直しの必要性と、それが組織のパフォーマンス向上やリスク低減(離職率低下、訴訟リスク低減など)に繋がることを経営層に説明し、強いコミットメントを取り付けました。 次に、人事評価制度の専門家や外部のLGBTQ+支援団体のアドバイスを受けながら、具体的な評価基準やガイドラインを策定しました。パイロット導入として一部の部門で先行実施し、従業員からのフィードバックを収集して改善を図りました。全社展開にあたっては、全従業員向けの丁寧な説明会(オンライン・オフライン併用、録画配信含む)を実施し、評価者向けの研修を計画的に実施しました。
直面した課題と克服: * 既存制度変更への抵抗: 既存の評価制度に慣れた従業員や管理職からの戸惑いや、「評価が曖昧になるのでは」といった懸念の声がありました。これに対しては、制度変更の目的とメリットを繰り返し丁寧に説明し、多様な貢献を評価することが決して評価基準を甘くするものではなく、より公平で組織全体のレジリエンスを高めるものであることを強調しました。 * 評価者研修への参加促進と理解度: マネージャー層の多忙さから研修への参加が遅れるケースや、内容への理解度にばらつきが見られました。研修形態の多様化(対面、オンラインライブ、オンデマンド)、短時間でのエッセンス解説動画の提供、eラーニングモジュールの導入など、様々なアプローチを組み合わせました。また、研修後のフォローアップとして、少人数でのケーススタディ検討会や、経験豊富なマネージャーによるメンタリング制度を設けました。 * 評価システム改修のコストと時間: 見直した評価基準やプロセスのシステムへの反映に、想定以上のコストと時間を要しました。既存システムの柔軟性の課題もありましたが、ベンダーと密に連携し、優先順位をつけながら段階的に改修を進めました。 * 個別の事情への配慮と公平性のバランス: 個々の従業員の多様な事情(例:健康状態、ケア責任、移行プロセスなど)に配慮することと、組織としての評価の公平性をどのように両立させるかという点は継続的な議論が必要でした。これは一律のルールではなく、マネージャーと従業員との丁寧な対話、人事部や産業医、外部専門家との連携、そして多角的な視点からの評価によって対応するよう、研修やガイドラインで強調しました。
導入後の変化と効果
これらの取り組みの導入後、フィナンシャルゲートでは以下のようなポジティブな変化が見られました。
- 従業員エンゲージメントの向上: 従業員エンゲージメントサーベイにおいて、「評価が公正であると感じるか」「自分の貢献が認められていると感じるか」「安心して自分らしく働けるか」といった設問項目でスコアが改善しました。特に、以前は相対的にスコアが低かったマイノリティ層(LGBTQ+従業員含む)のエンゲージメントが顕著に向上しました。
- 目標設定の質の向上と主体性: 従業員が自身のキャリアや貢献についてより深く考え、多様な目標を設定するようになりました。D&I推進活動を目標に含める従業員の割合も増加し、組織全体のD&I推進への主体的な参加意識が高まりました。
- 心理的安全性の向上: 上司との目標設定・評価面談がより対話的になり、「話しやすい」「相談しやすい」といった声が増えました。自身のプライベートな状況やキャリアの懸念について、以前よりオープンに話せるようになったという声も聞かれました。
- パフォーマンスの向上: 多様な貢献やスキルが評価されるようになったことで、従業員が自身の強みを活かした働き方を選択しやすくなり、チームや組織全体のイノベーション創出や課題解決に繋がる事例が増加しました。評価者研修を通じてマネージャーのリーダーシップスキルも向上し、チーム全体のパフォーマンス向上に寄与しています。
- 採用活動への寄与: 多様性を尊重し、公正な評価を行う企業文化は、求職者にとって魅力的な要素となり、多様なバックグラウンドを持つ優秀な人材の採用に繋がっています。
具体的なデータとしては、導入から1年後の従業員エンゲージメントサーベイで総合スコアが5ポイント上昇したこと、特に「評価の公正さ」に関するスコアが8ポイント上昇したことが挙げられます。また、評価者研修の受講率は95%を超え、研修後アンケートでは「多様な従業員への理解が深まった」「評価面談に自信がついた」といったポジティブなフィードバックが多く寄せられました。
成功のポイントと示唆
フィナンシャルゲートの取り組みが成功した主なポイントは以下の通りです。
- 経営層の強力なリーダーシップとコミットメント: D&I推進、特に人事評価への多様性視点導入が単なる人事施策ではなく、経営戦略の一環として位置づけられたことが、プロジェクト推進の大きな推進力となりました。
- データに基づく課題特定と効果測定: 客観的なデータ(サーベイ結果、離職率、評価データなど)に基づいて課題を特定し、取り組みの必要性を論理的に説明できたこと、また導入後の変化をデータで追跡したことが、社内外への説明責任を果たす上で有効でした。
- 全従業員、特にマネージャー層への丁寧かつ継続的な教育とサポート: 評価制度は全従業員に関わるため、その目的と内容を分かりやすく伝え、特に評価を担うマネージャー層への体系的かつ実践的な研修と継続的なフォローアップが不可欠でした。
- 従業員の声の反映と共同作業: 従業員ネットワークや現場からの声を聞きながら、制度設計や導入プロセスを改善していったことが、制度への納得感と浸透を促進しました。
- D&I推進と人事評価の連動: 多様な価値観を尊重し、インクルーシブな行動を人事評価と連動させたことが、従業員の意識と行動の変化を強く促しました。
この事例から得られる示唆として、人事評価制度の見直しは、単に形式的な制度変更に留まらず、組織文化そのものに影響を与え、従業員の主体性、エンゲージメント、ひいては組織全体のパフォーマンス向上に直結する戦略的な取り組みであるという点が挙げられます。多様な従業員が安心して働き、その能力を最大限に発揮できる環境を整備するためには、評価の仕組みに多様性視点を組み込むことが極めて有効であると言えるでしょう。
まとめ
フィナンシャルゲートの事例は、目標設定および評価プロセスに多様性、特にLGBTQ+インクルージョンの視点を導入することが、従業員エンゲージメントと組織全体のパフォーマンス向上に繋がりうることを示しています。
この取り組みは、従来の評価制度の課題をデータに基づいて特定し、経営層の強いコミットメントのもと、全従業員への丁寧な周知と教育、特に評価者であるマネージャー層への体系的な研修を通じて推進されました。導入時には抵抗や課題も伴いましたが、粘り強いコミュニケーションと従業員の声の反映により乗り越えられました。
自社でLGBTQ+インクルージョン、あるいはより広範なD&Iを推進する上で、人事評価制度の見直しは強力な手段となり得ます。この事例を参考に、自社の現状と課題を踏まえ、多様な価値観を尊重し、あらゆる従業員の貢献を公正に評価できる仕組みづくりを検討してみてはいかがでしょうか。真にインクルーシブな評価制度の構築は、企業の持続的な成長に不可欠な要素と言えるでしょう。