大手サービス業フューチャーコネクトの変革事例:制度と意識で実現するLGBTQ+インクルージョン
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本日は、従業員数万人規模の大手サービス業、フューチャーコネクト株式会社(仮称)におけるLGBTQ+インクルージョンの推進事例をご紹介します。同社は、伝統的な企業文化を持つ中で、どのようにして全社的な意識改革と具体的な制度整備を連動させ、多様な従業員が働きやすい環境を構築していったのでしょうか。その背景、具体的な取り組み、導入プロセス、直面した課題、そして得られた効果について、詳しく解説します。
フューチャーコネクト株式会社における取り組みの背景と課題
フューチャーコネクト株式会社は、長年にわたり日本経済を支えてきた大手サービス企業です。堅実な経営基盤を持つ一方で、組織文化には伝統的な慣習や価値観が根強く残っており、多様な人材を受け入れるためのD&I推進は喫緊の課題となっていました。特に、LGBTQ+に関する従業員の理解は十分とは言えず、「カミングアウトしづらい」「制度が同性パートナーを想定していない」といった声が、一部の従業員から挙がり始めていました。
このような状況は、企業の持続的な成長を妨げるリスクとなり得ます。多様な視点や才能を取り込めないことは、イノベーションの停滞を招く可能性があります。また、従業員が本来の自分を偽って働かざるを得ない環境は、心理的安全性を損ない、エンゲージメントや生産性の低下につながります。さらに、社会全体でD&Iへの関心が高まる中、対応の遅れは採用活動にも影響を及ぼし始めていました。
こうした背景から、フューチャーコネクト株式会社では、経営層主導のもと、より多様な人材が活躍できる環境整備の一環として、LGBTQ+インクルージョンを重要な経営課題と位置づけ、全社的な取り組みを開始することを決定しました。本記事では、同社がこの課題に対し、従業員の「意識」と「制度」の両面からアプローチした事例を掘り下げてご紹介します。
具体的な取り組み内容:制度と意識改革の両輪
フューチャーコネクト株式会社が実施したLGBTQ+インクルージョンのための主な取り組みは、以下の通りです。
1. 人事制度・福利厚生の改定
最も基本的な施策として、同社は既存の人事制度や福利厚生が同性パートナーにも適用されるよう、規程を改定しました。具体的には、以下の点が挙げられます。
- パートナーシップ制度の導入: 自治体等が発行する同性パートナーシップ証明書や、会社独自の宣誓書を提出することで、法律婚と同等の関係にあると認められたパートナーを「配偶者」に準じる存在として扱い、慶弔休暇、家族手当、赴任手当、介護休暇・休業、子の看護休暇など、配偶者を対象とした様々な制度・福利厚生を適用対象としました。
- 氏名に関する制度の見直し: 法律上の性別に関わらず、本人が希望する氏名(通称名)を社内で広く使用できるよう、システム改修や本人確認プロセスの見直しを実施しました。これにより、履歴書、名刺、社内システム、メールアドレスなど、多くの場面で通称名が使用可能となりました。
- 健康診断・法定外福利の見直し: 健康診断の問診票における性別記載の配慮や、会社契約の保養施設利用規程などで、同性パートナーやその家族が利用できるよう対象範囲を拡大しました。
これらの制度改定は、単に規程を変更するだけでなく、その内容が従業員に正しく伝わり、利用しやすいように丁寧な周知と関連部署への説明が行われました。
2. 全従業員向け研修・啓発活動
制度の導入と並行して、全従業員のLGBTQ+に関する理解を深めるための研修と啓発活動に力を入れました。
- eラーニングの導入: LGBTQ+の基礎知識(用語、多様性、直面する困難など)や、職場での配慮事項について学ぶ全従業員必須のeラーニングプログラムを開発・導入しました。スマートフォンからも受講できるよう設計し、多忙な従業員でも学びやすいよう工夫しました。
- 管理職向け研修: eラーニングに加え、管理職に対しては専門家による対面研修を実施しました。この研修では、アンコンシャスバイアスに気づくワークや、LGBTQ+の部下・同僚への具体的な声かけ、ハラスメント防止、相談対応など、より実践的な内容に重点を置きました。
- 社内セミナー・イベント: 当事者スピーカーを招いた講演会や、映画上映会、パネルディスカッションなど、様々な形式でテーマに触れる機会を設けました。硬くなりすぎず、楽しみながら学べるような企画を心がけました。
これらの活動は、制度があっても従業員の理解や意識が伴わなければ、真のインクルージョンは実現しないという考えに基づいています。
3. 社内コミュニティ・アライ活動の支援
当事者やアライ(支援者)が安心して交流し、社内で声を上げられるコミュニティの活動を積極的に支援しました。
- リソースグループ(ERG)の発足支援: 当事者従業員が中心となって立ち上げた社内ネットワークに対し、活動資金の補助、会議室提供、情報発信プラットフォームの提供といった側面的なサポートを行いました。
- アライ育成プログラム: LGBTQ+を応援したいと考える従業員向けに、アライとは何か、どのように行動すれば良いかなどを学ぶプログラムを提供しました。アライであることを表明するためのレインボーカラーのリストバンドやステッカーなども希望者に配布し、可視化を促しました。
- 相談窓口の設置: 社内相談窓口に加え、外部の専門機関と提携し、より安心して相談できるルートを複数用意しました。
これらの支援は、従業員自身のエンゲージメントを高めるとともに、社内における当事者・アライの存在を可視化し、「自分も安心して働けるかもしれない」という希望を他の従業員に与える効果も狙いました。
導入プロセスと直面した課題、その克服
これらの取り組みは、一朝一夕に実現したわけではありません。フューチャーコネクト株式会社は、以下のプロセスで導入を進め、いくつかの課題に直面しました。
導入プロセス:
- 現状把握とニーズ分析: 従業員アンケートやヒアリング、当事者グループとの対話を通じて、職場の課題や従業員が求める制度・環境について情報収集を行いました。
- 企画立案と経営層への提言: 収集した情報に基づき、D&I推進室が中心となって具体的な施策案を策定。他社事例や、優秀な人材確保、企業イメージ向上といった経営戦略上のメリットを明確に示し、経営会議での承認を得ました。
- 関連部署との連携・制度設計: 人事、法務、情報システム、広報など、関連する部署と密接に連携しながら、制度の詳細設計、規程改定、システム改修、周知計画などを具体化しました。
- パイロット導入とテスト: 一部の部署や拠点で先行して制度や研修をテスト導入し、課題を洗い出しました。
- 全社展開: パイロット導入での知見を活かし、全社向けに制度を導入し、研修や啓発活動を展開しました。
- 効果測定と改善: 導入後の従業員意識の変化や制度利用状況を追跡調査し、継続的な改善につなげています。
直面した課題と克服:
- 課題1:保守的な組織文化と従業員の無理解・抵抗感
- 「なぜLGBTQ+だけ特別扱いするのか」「個人の問題では?」といった声や、変化への抵抗が見られました。
- 克服策: 経営層からの強いメッセージ発信を繰り返し行い、D&Iが経営戦略の根幹であることを強調しました。全従業員向けeラーニングで基礎知識の浸透を図り、「特別扱い」ではなく「既存制度の適用対象を広げる公平な措置である」ことを丁寧に説明しました。現場で影響力を持つミドル層や、アライになり得る層を重点的に研修・巻き込むことで、社内からの推進力を生み出しました。
- 課題2:予算の確保と費用対効果の説明
- 新たな研修プログラム開発やシステム改修、外部専門家への依頼には予算が必要となります。
- 克服策: 単なるコストではなく、将来の採用力向上、離職率低下、従業員エンゲージメント向上による生産性向上といった「投資」としての効果をデータや他社事例を交えて経営層に説明しました。短期的な効果だけでなく、中長期的な企業価値向上に資することを粘り強く訴えました。
- 課題3:関連部署との連携と調整
- 制度改定には人事、法務、給与計算、システム部門など、様々な部署の協力が不可欠ですが、部署ごとの優先順位や理解度に差がありました。
- 克服策: D&I推進室がハブとなり、各部署の担当者との定期的な連携会議を設定しました。各部署にとってのメリット(例:採用部門にとっては優秀な人材獲得、法務部門にとってはリスク軽減)を丁寧に説明し、共通の目標意識を醸成しました。経営層からの協力要請も効果的でした。
- 課題4:制度や情報の周知徹底
- 多人数組織のため、制度が変わったことや研修があることが、全従業員に正確に伝わらないという課題がありました。
- 克服策: 社内ポータルサイトへの掲載だけでなく、社内報、メールマガジン、ポスター、部署ごとの説明会など、多様なチャネルで繰り返し情報発信を行いました。特に、制度利用に関する具体的な申請方法などは、FAQや相談窓口を充実させることで、従業員が迷わずアクセスできるように工夫しました。
導入後の変化と効果
これらの取り組みの結果、フューチャーコネクト株式会社では様々なポジティブな変化が見られました。
- 従業員の意識と行動の変化:
- 毎年実施している従業員エンゲージメント調査において、「自分は会社に受け入れられていると感じるか」という項目や、「職場で多様性が尊重されていると思うか」という項目のスコアが向上しました。
- 社内相談窓口へのLGBTQ+に関する相談件数は増加しましたが、これは課題が増えたというよりは、「安心して相談できるようになった」という意識の変化の表れであると分析されています。
- アライ育成プログラムへの参加者数は年々増加しており、取り組み開始から3年で累計参加者が全従業員の10%を超えました。社内でアライを表明する従業員も増え、心理的安全性の向上に寄与しています。
- 企業文化の変化:
- 社内コミュニケーションにおいて、多様性に関する話題がタブー視されなくなり、オープンな対話が増加しました。
- 旧姓・通称名使用が浸透し、性自認に基づく氏名で働くことが当たり前になりつつあります。
- 採用活動への効果:
- 採用面接において、応募者からフューチャーコネクト株式会社のD&Iへの取り組みについて質問される機会が増加しました。特に、D&Iへの感度が高い若手層や、多様なバックグラウンドを持つ人材からの応募が増加傾向にあり、優秀な人材確保につながっています。
- 企業サイトの採用情報ページにD&Iに関する情報を掲載したところ、ページビューが増加しました。
- 対外的な評価と企業イメージ:
- CSRレポートや統合報告書にLGBTQ+への取り組みを掲載したところ、株主や顧客からの評価が高まりました。
- 各種D&Iに関する外部の認証やランキングにおいて、評価が向上しました。これにより、社会からの信頼獲得や企業イメージの向上に貢献しています。
- 経営への貢献(示唆):
- 従業員のエンゲージメント向上や心理的安全性確保は、結果として離職率の抑制や生産性の向上に間接的に寄与していると考えられています。具体的な定量データを示すのは難しいケースもありますが、従業員の定着率に関するデータや、部署ごとの生産性に関する定性的な声を集めることで、経営層への説明材料としています。
成功のポイントと示唆
フューチャーコネクト株式会社の事例から、LGBTQ+インクルージョンを成功させるための重要なポイントと、私たちが学ぶべき示唆がいくつか見出せます。
- 経営層の強力なコミットメント: 経営トップがD&Iの重要性を理解し、明確なメッセージを打ち出すこと、そして必要なリソース(予算、人員)を確保することが、取り組みを加速させる上で不可欠です。
- 制度と意識改革の両輪: 制度だけ整えても、従業員の理解や文化が伴わなければ形骸化します。逆に、意識だけでは具体的な安心にはつながりません。制度設計と並行して、地道な啓発活動を継続することが重要です。
- 従業員の声を起点とする: 当事者や現場の従業員がどのような課題を感じ、何を求めているのかを丁寧にヒアリングし、施策立案の起点とすることが重要です。社内コミュニティの活動支援はその有効な手段の一つです。
- アライを巻き込む: D&Iは特定の人だけの課題ではなく、全従業員が関わるべきテーマです。当事者だけでなく、多くの従業員をアライとして巻き込むことで、組織全体の推進力が増し、理解の輪が広がります。
- 関連部署との密な連携: 人事部だけでなく、法務、情報システム、広報、現場の各部署など、様々な関係者を巻き込み、共通認識を持って連携することが、スムーズな導入と運用のために不可欠です。
- 継続的なコミュニケーションと可視化: 一度制度を導入して終わりではなく、取り組みの内容や目的を継続的に従業員に伝え、社内における多様性の存在を可視化することで、「自分もここにいて良いんだ」という安心感を提供し、文化として定着させていくことが重要です。
まとめ
フューチャーコネクト株式会社の事例は、伝統的な組織文化を持つ大企業においても、経営層の明確な意思、具体的な制度設計、そして全従業員を対象とした地道な意識改革を両輪で進めることで、LGBTQ+インクルージョンを組織変革へとつなげられることを示しています。
もちろん、すべての企業がフューチャーコネクト株式会社と同じ道を辿れるわけではありません。企業の規模、業界、文化、現状の課題はそれぞれ異なります。しかし、この事例から、多様な従業員が安心して能力を発揮できる環境整備が、単なるCSR活動ではなく、優秀な人材の確保、従業員エンゲージメントの向上、ひいては企業価値向上につながる重要な経営戦略であるという示唆を得ることができます。
人事・D&I推進担当の皆様にとって、この事例が自社での取り組みを検討する際の一助となれば幸いです。まずは従業員の「声」に耳を傾けること、そして一歩ずつでも具体的な施策を検討・実行に移すことが、職場の虹をさらに広げていくための第一歩となるでしょう。