大手総合サービス企業グローバルサービスの挑戦:タレントマネジメントと統合したLGBTQ+インクルージョン戦略
大手総合サービス企業グローバルサービスの挑戦:タレントマネジメントと統合したLGBTQ+インクルージョン戦略
企業におけるLGBTQ+インクルージョンの推進は、従業員のウェルビーイング向上や心理的安全性の確保に留まらず、多様な人材の能力を最大限に引き出し、組織全体の競争力を高める上で不可欠となっています。特に、優秀な人材の採用、育成、評価、配置、そして定着に至るタレントマネジメントのプロセスにLGBTQ+インクルージョンの視点を統合することは、持続的な成長を目指す企業にとって重要な課題です。
本稿では、大手総合サービス企業であるグローバルサービス株式会社が、タレントマネジメント戦略の中にLGBTQ+インクルージョンをどのように組み込み、実践してきたかをご紹介します。同社は、広範なサービス領域と多様な顧客基盤を持つ中で、従業員の多様性を組織の強みとして活かすことを目指し、特に「人が育ち、活躍できる組織文化」の醸成に注力してきました。その中で、LGBTQ+従業員を含む全ての従業員が公平な機会を得て、能力を発揮できるタレントマネジメントのあり方を見直す必要性を認識したことが、本取り組みの出発点となりました。
取り組みの背景と目的
グローバルサービス株式会社は、以前からダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進に取り組んでいましたが、LGBTQ+に関する施策は、福利厚生制度の整備や一部の啓発活動に留まっていました。従業員意識調査からは、「自身の性的指向や性自認に関して、オープンに話せる雰囲気ではない」「キャリアアップにおいて、自分らしさを隠す必要があると感じる」といった声が散見されるようになりました。これは、優秀なLGBTQ+従業員のエンゲージメントや定着に影響を及ぼす可能性を示唆しており、また、多様な視点が求められる今日のビジネス環境において、タレントの潜在能力を十分に引き出せていないという課題意識へと繋がりました。
このような背景から、同社はLGBTQ+インクルージョンを単なる人権尊重の観点だけでなく、タレントマネジメント戦略の根幹に関わる経営課題と位置づけました。具体的には、以下の三点を主な目的として掲げました。
- 採用プロセス: LGBTQ+の求職者や従業員が、企業文化に対して安心感を持ち、公平な機会を得られる採用プロセスの構築。
- 育成・キャリア開発: 全ての従業員が自身のアイデンティティに関わらず、公平な育成機会とキャリアパスの選択肢を持ち、最大限に成長できる環境の整備。
- 評価・昇進: 評価プロセスにおける無意識の偏見を排除し、多様な属性を持つ従業員が公平に評価され、昇進・配置の機会を得られる仕組みの構築。
具体的な取り組み内容
グローバルサービス株式会社では、これらの目的達成に向けて、タレントマネジメントの各段階で以下のような具体的な取り組みを実施しました。
1. 採用プロセスにおけるインクルージョン強化
- 採用関連書類・ツールの見直し: 履歴書の性別欄を任意化または撤廃し、エントリーシートの記述項目についても、性自認や性的指向に関する不必要な情報の記載を求めない形に変更しました。
- 採用担当者・面接官研修: D&I、特にLGBTQ+に関する基礎知識、アンコンシャスバイアス研修を必須化しました。面接における不適切な質問例とその代替表現、公平な評価の観点などを具体的に学びました。
- 求人情報・採用ウェブサイトでの情報発信: 同社のD&I推進姿勢、LGBTQ+に関する制度やサポート体制について、採用ウェブサイトや説明会で積極的に発信するようになりました。LGBTQ+従業員の体験談などを掲載し、安心感を醸成する工夫も行いました。
2. 育成・キャリア開発プログラムへの組み込み
- 新入社員研修・階層別研修: 全ての階層別研修に、D&IおよびLGBTQ+に関する必須モジュールを組み込みました。新入社員に対しては、企業のD&Iポリシーと、互いの違いを尊重する重要性を早期に伝える機会を設けました。
- 管理職向け研修の強化: 特に管理職層に対しては、多様なチームメンバーの個性を理解し、心理的安全性を確保した上で、それぞれの能力を最大限に引き出すマネジメント手法に関する研修を強化しました。LGBTQ+従業員との円滑なコミュニケーションや、起こりうる課題への対応についても具体的に学びました。
- キャリア開発支援: キャリアカウンセリングの担当者に対して、LGBTQ+に関する理解を深める研修を実施しました。また、LGBTQ+従業員が安心して相談できる窓口を設けると共に、メンター制度において、本人の希望に応じてアライのメンターや、同様の経験を持つ可能性のある先輩社員とのマッチングを検討できるよう配慮しました。
3. 評価・昇進プロセスの見直し
- 評価基準・プロセスの確認: 既存の評価基準やプロセスにおいて、無意識の偏見が入り込む可能性がないかを専門家と共に検証しました。単一的な「理想のリーダー像」ではなく、多様なリーダーシップの発揮を評価する観点を取り入れました。
- 多面評価への反映検討: 将来的に、多面評価の項目に、多様なチームメンバーのインクルージョンを促進する行動に関する評価項目を導入することを検討しています。
- サクセッションプランニングへの多様性視点導入: 次世代リーダー候補の選定プロセスにおいて、LGBTQ+当事者を含む多様なバックグラウンドを持つ人材が公平にリストアップされ、育成機会を与えられるよう、人事担当者や経営層が意識すべきポイントを共有しました。
導入プロセスと課題
これらの取り組みを推進するにあたり、グローバルサービス株式会社はまずD&I担当部門が中心となり、人事部の採用、人材開発、評価など各チームと連携する体制を構築しました。経営層に対しては、従業員のエンゲージメント向上や、優秀な人材の定着・採用における競争力強化といった、経営戦略上のメリットを明確に説明し、予算と承認を得ました。
導入プロセスでは、いくつかの課題に直面しました。
- 既存システムとの整合性: 長年運用されてきたタレントマネジメントシステムや評価フレームワークに、どのように多様性の視点を組み込むかという技術的・制度的な課題がありました。これについては、抜本的なシステム改修よりも、まずは運用ルールやガイドラインの見直し、研修による担当者の意識改革から着手しました。
- 現場管理職の理解とスキル不足: 管理職の中には、LGBTQ+に関する知識が乏しいことや、どのように部下と関わるべきか戸惑いを感じる者が少なくありませんでした。これに対しては、座学だけでなく、ロールプレイングや少人数での対話型研修を繰り返し実施し、心理的安全性を確保しながら学びを深める機会を提供しました。また、相談窓口の設置やFAQの整備なども行いました。
- 従業員間の意識格差: D&Iに対する意識は従業員間でばらつきがあり、取り組みの意義が十分に理解されないケースや、かえって戸惑いの声が上がることもありました。これに対しては、全社的なeラーニングや、経営層からの継続的なメッセージ発信、アライ従業員による啓発活動など、多角的なコミュニケーションを継続しました。
導入後の変化と効果
これらの取り組みの導入後、グローバルサービス株式会社ではいくつかのポジティブな変化が見られるようになりました。
- 従業員エンゲージメントの向上: 従業員意識調査において、「自身のアイデンティティに関わらず、組織に貢献できると感じるか」「自身のキャリアパスについて、組織から公平な機会が与えられていると感じるか」といった項目で、肯定的な回答が増加傾向を示しました。特にLGBTQ+を自身で表明している従業員からのエンゲージメントスコアが顕著に向上しました。
- 心理的安全性の醸成: 「職場で自分らしくいられるか」「LGBTQ+について同僚と安心して話せるか」といった質問に対する肯定的な回答が増加しました。これにより、従業員間のコミュニケーションが円滑になり、多様な意見が出やすくなるなど、チームの心理的安全性が高まる兆候が見られます。
- 採用応募者からの評価向上: 採用プロセスにおける情報公開や担当者の対応について、応募者からのポジティブなフィードバックが増えました。「D&Iを重視する企業文化に魅力を感じた」といった声も聞かれるようになり、採用競争力の向上に寄与しています。
- 管理職の意識変革: 研修などを通じて、管理職の間で多様な部下への理解と、インクルーシブなマネジメントの重要性に関する意識が高まりました。これにより、部下一人ひとりの個性を尊重した目標設定やフィードバックが行われるなど、マネジメントスタイルの変化が見られています。
これらの変化は、直接的な数値目標として設定されたものではありませんが、従業員の満足度やエンゲージメント、そして企業への魅力度といった、タレントマネジメントの基盤となる要素の改善に繋がっており、長期的な人材戦略において重要な成果であると認識されています。
成功のポイントと示唆
グローバルサービス株式会社のタレントマネジメントと統合したLGBTQ+インクルージョン戦略が成功に至った要因として、以下の点が挙げられます。
- 経営戦略との連動: LGBTQ+インクルージョンを単なるコンプライアンスや福利厚生の問題としてではなく、優秀な人材の確保・育成・活用というタレントマネジメントの根幹、ひいては経営戦略上の重要課題として位置づけたことが、取り組みを推進する強力な推進力となりました。
- タレントマネジメントプロセス全体への統合: 採用から育成、評価、昇進に至るタレントマネジメントの各段階で、一貫してLGBTQ+インクルージョンの視点を取り入れたことが、単発の施策に終わらず、組織文化として定着させる上で効果的でした。
- 人事部門内の緊密な連携: 人事部の採用、人材開発、評価、制度担当といった各チームが緊密に連携し、それぞれの専門性を活かして統合的な施策を実行できたことが重要でした。
- 管理職層への重点的なアプローチ: 従業員と直接関わる管理職の理解とスキル向上が、インクルーシブな職場環境を築く上で不可欠であることを認識し、重点的に研修やサポートを行ったことが奏功しました。
- 継続的な対話と改善: 従業員の声に耳を傾け、取り組みに対するフィードバックを収集し、課題に対して継続的に改善を試みる姿勢が、従業員からの信頼を得ることに繋がりました。
まとめ
グローバルサービス株式会社の事例は、LGBTQ+インクルージョンをタレントマネジメント戦略と統合することが、いかに従業員のエンゲージメント向上、心理的安全性の醸成、そして企業競争力の強化に繋がるかを示唆しています。制度の整備だけでなく、採用、育成、評価といった人材活用のプロセス全体に多様性の視点を組み込むことで、全ての従業員が公平な機会を得て、それぞれの能力を最大限に発揮できる環境を創出することが可能となります。
この事例から、読者の皆様が自社でLGBTQ+インクルージョン、特にタレントマネジメントとの連携施策を検討される際の参考となる点は多いと考えられます。まずは、現在のタレントマネジメントプロセスの中に、無意識の偏見や公平性を欠く可能性のある箇所がないかを確認することから始めてみてはいかがでしょうか。そして、経営層や関係部門と連携し、従業員の声を反映させながら、一歩ずつ着実にインクルーシブなタレントマネジメントの仕組みを構築していくことが、組織の持続的な成長へと繋がるものと期待されます。