大手総合商社グローバル商事の挑戦:サプライヤー・顧客エンゲージメントで深めるLGBTQ+インクルージョン
大手総合商社グローバル商事の挑戦:サプライヤー・顧客エンゲージメントで深めるLGBTQ+インクルージョン
グローバル化が進み、多様な価値観が交錯する現代において、企業の持続的な成長には社内だけでなく、事業に関わる全てのステークホルダーとの関係性構築が不可欠です。特に、人権尊重や多様性の包摂は、ビジネスパートナーとの信頼関係を築く上でも重要な要素となっています。
大手総合商社であるグローバル商事は、世界中に広がるサプライチェーンと多様な顧客基盤を持つ事業特性から、以前よりダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進の重要性を認識していました。その中でも、LGBTQ+に関するインクルージョンは、従業員のウェルビーイング向上や企業文化の醸成に欠かせない一方、多岐にわたるビジネスパートナーとの連携における課題も抱えていました。
同社がLGBTQ+インクルージョンをサプライヤーや顧客とのエンゲージメントへと広げようと決めた背景には、主に以下の課題意識がありました。
- サプライチェーンにおけるリスク: 一部のサプライヤーにおける人権問題、特に多様な性に関する理解不足や差別が、企業の評判リスクに繋がる可能性。
- 多様な顧客ニーズへの対応: 世界各国の多様な文化的背景を持つ顧客層に対して、画一的なアプローチでは事業機会を失う可能性。
- 企業イメージとブランド価値の向上: サステナビリティ経営やESG投資への関心の高まりの中で、サプライチェーン全体でのインクルージョン推進が企業価値向上に繋がるという認識。
- 従業員の意識向上と誇り: 外部への積極的な発信が、社内従業員のD&Iへの理解を深め、自社で働くことへの誇りを育む契機となることへの期待。
こうした背景から、グローバル商事は社内制度の整備と並行し、サプライヤー・顧客エンゲージメントを通じたLGBTQ+インクルージョン推進という新たな挑戦を開始しました。
具体的な取り組み内容
グローバル商事がサプライヤー・顧客エンゲージメントの観点から実施したLGBTQ+インクルージョン施策は多岐にわたります。
1. サプライヤー行動規範への多様性尊重の明記
同社は、既存のサプライヤー行動規範に「多様な性のあり方を尊重し、性的指向や性自認に基づく差別を行わない」という条項を明確に追加しました。これにより、同社の求めるパートナーシップの基準として、LGBTQ+インクルージョンへの配慮を公式に位置づけました。この規範は新規取引だけでなく、既存のサプライヤーとも順次共有され、理解促進のための説明会も実施されています。
2. サプライヤー向け啓発・研修プログラムの提供
行動規範の浸透を目的とし、主要なサプライヤーの担当者を対象に、LGBTQ+に関する基礎知識や職場でのインクルージョンの重要性についてのオンライン啓発プログラムを提供しました。必須参加ではなく任意での提供でしたが、サプライヤー側の関心も高く、多くの企業が参加しました。プログラムでは、具体的なQ&Aセッションを設けるなど、実践的な内容を心がけました。
3. 顧客向け情報提供とコミュニケーションチャネルの強化
同社のWebサイトやCSR報告書において、LGBTQ+インクルージョンへの取り組み状況を積極的に開示しました。特に、ダイバーシティへの取り組みに関する問い合わせ窓口を明確にし、多様な顧客からの意見や要望を吸い上げる体制を強化しました。また、顧客向けイベントや展示会などにおいて、D&Iブースを設置し、担当者が直接対話する機会を設けました。
4. 共同での啓発イベントやプロジェクトの実施
一部の賛同するサプライヤーや顧客企業と協力し、合同でLGBTQ+に関する啓発イベントやセミナーを開催しました。例えば、レインボーフラッグを掲げた共同オンラインセミナーや、地域イベントへの共同参加などです。これにより、単独では難しい広範な影響力を持つ活動を展開しました。
5. 調達・購買担当者向け研修の強化
社内の調達・購買担当者に対し、サプライヤー選定や交渉プロセスにおいて、サプライヤー側のD&Iへの取り組みを評価する視点や、サプライヤーとの対話を通じてインクルージョンを促すためのコミュニケーションスキルに関する研修を強化しました。
導入プロセスと課題
これらの外部連携施策を進めるにあたり、いくつかの重要なプロセスと課題がありました。
プロセス
- 社内コンセンサスの形成: まず、社内の経営層や各事業部門に対し、サプライヤー・顧客エンゲージメントにおけるLGBTQ+インクルージョンの重要性(リスク回避、機会創出、ブランド価値向上など)について丁寧な説明を行い、取り組みへの理解と賛同を得ました。
- サプライヤー・顧客の選定と対話: 最初に、既に良好な関係があり、かつD&Iへの関心が高いと思われるサプライヤーや顧客からアプローチを開始しました。一方的な要求ではなく、「共にインクルーシブな社会を目指す」という対話を通じて、理解と協力を求めました。
- 専門家との連携: LGBTQ+に関する専門知識や、サプライチェーンにおける人権問題に詳しい外部のNPOやコンサルタントと連携し、行動規範の策定や研修プログラムの内容についてアドバイスを受けました。
課題と克服への取り組み
- サプライヤー側の理解と温度差: 一部のサプライヤーからは、「なぜそこまで関わる必要があるのか」「コストがかかるのではないか」といった戸惑いの声や、取り組みへの温度差が見られました。これに対しては、一方的な義務付けではなく、まずは情報提供と対話から始め、取り組みの意義やメリット(例:グローバル基準への対応、リスク低減、優秀な人材確保への寄与など)を丁寧に説明することを心がけました。
- 地域の法的・文化的背景の違い: 世界各地にサプライヤーや顧客がいるため、地域によってLGBTQ+に関する法的規制や文化的な受容度が大きく異なります。全ての地域で一律の基準を適用することが難しい場面もありました。この課題に対しては、最低限遵守すべきグローバルスタンダードを示す一方で、各地域の状況に応じた現実的な対応策や、対話を通じた段階的なアプローチを採用しました。
- 効果測定の難しさ: 外部ステークホルダーの意識や行動の変化を定量的に測定することは容易ではありません。アンケート調査の実施や、共同イベントへの参加率、サプライヤーからの問い合わせ内容の分析などを試みましたが、具体的なビジネス成果との直接的な結びつきを示すデータを得るには時間を要しています。現在は、定性的なフィードバックや、企業イメージに関する調査結果などを参考に、取り組みの進捗を評価しています。
導入後の変化と効果
これらの取り組みを通じて、グローバル商社には以下のような変化が見られています。
- サプライヤー関係の強化: 取り組みへの賛同や関心を示すサプライヤーとの間で、より深いレベルでの対話が生まれ、信頼関係が強化されました。一部のサプライヤーからは、「貴社の取り組みを通じて、自社でもD&I推進の重要性に気づかされた」といったポジティブなフィードバックも得られています。
- 顧客からの評価向上: 特に欧米を中心とした、企業の社会的責任に対する意識が高い顧客層からの評価が高まりました。D&Iへの取り組みが、取引継続や新規ビジネス獲得の判断基準の一つとなるケースも見られるようになり、顧客エンゲージメントの強化に繋がっています。
- 企業イメージとブランド価値の向上: ESG評価機関やメディアから、サプライチェーンにおけるD&I推進の先進的な取り組みとして注目される機会が増え、企業イメージとブランド価値の向上に寄与しています。
- 社内意識の変化: 外部への働きかけを通じて、社内従業員の間でもLGBTQ+を含む多様性に関する関心と理解が深まりました。「社外に発信しているのだから、まずは自分たちが理解しなければ」といった意識が生まれ、社内でのオープンな対話が促進される効果が見られます。
- 採用活動への影響: 特に、社会貢献や多様性を重視する傾向にある若い世代の候補者に対し、企業の魅力としてアピールできるようになりました。
成功のポイントと示唆
グローバル商社のサプライヤー・顧客エンゲージメントを通じたLGBTQ+インクルージョン推進の成功は、以下のポイントに集約できると考えられます。
- 経営層の強いコミットメント: 外部ステークホルダーへの働きかけには、時として困難や批判が伴います。経営層がD&I推進の重要性を深く理解し、強い意思を持って後押ししたことが、取り組みを継続させる上で不可欠でした。
- 対話と共創のアプローチ: 一方的な要求や義務付けではなく、「共に学び、共に成長する」という対話と共創の姿勢でサプライヤーや顧客と向き合ったことが、理解と協力を得る鍵となりました。
- 既存の仕組みとの連携: 新たな仕組みをゼロから作るのではなく、既存のサプライヤー行動規範や調達プロセス、顧客コミュニケーションチャネルといった仕組みの中にD&Iの視点を組み込んだことで、取り組みが組織に定着しやすくなりました。
- 粘り強い啓発と情報提供: 外部ステークホルダーの理解には時間がかかります。一度きりの説明ではなく、定期的な情報提供や啓発プログラムを粘り強く継続することが重要です。
- 外部専門家との連携: デリケートなテーマであり、地域差も大きいため、専門家のアドバイスを得ながら慎重に進めることがリスクを低減し、効果的な施策を実行するために役立ちました。
まとめ
大手総合商社グローバル商事の事例は、LGBTQ+インクルージョンが単なる社内施策に留まらず、サプライヤーや顧客といった外部ステークホルダーとのエンゲージメントを通じて、企業価値向上や持続的なビジネス成長に貢献しうることを示しています。
もちろん、外部への働きかけには、社内以上に複雑な課題や抵抗が伴う可能性があります。しかし、グローバル商事が示したように、経営層の強いリーダーシップのもと、対話と共創の姿勢で粘り強く取り組むこと、そして既存のビジネスプロセスとの連携を図ることが、成功への鍵となります。
本事例は、貴社がサプライチェーン全体や顧客接点におけるD&I推進を検討される際に、実践的なヒントを提供できると考えられます。まずは、サプライヤー行動規範の見直しや、主要なビジネスパートナーとの対話の機会を設けることから始めてみてはいかがでしょうか。インクルーシブな社会の実現は、一社単独ではなく、関わる全てのステークホルダーとの協働によってこそ、より力強く推進されていくものと言えるでしょう。