製薬大手ライフケア製薬の挑戦:従業員のウェルビーイングと心理的安全性を高めるLGBTQ+インクルージョン
導入:ヘルスケア企業としての責任とインクルージョンへの道のり
製薬・ヘルスケア分野でグローバルに事業を展開するライフケア製薬株式会社は、人々の健康とウェルビーイング向上を企業理念の中核に据えています。この理念を実現するためには、まず社内で働く従業員一人ひとりが心身ともに健康で、自分らしく働ける環境が不可欠である、という認識が経営層および従業員の間で高まりました。
特に、多様な研究開発ニーズやグローバル市場への対応が進むにつれて、従業員のバックグラウンドも多様化しています。その中で、LGBTQ+に関する従業員の無理解や偏見が、職場の心理的安全性を損ない、従業員の潜在能力の発揮を妨げる可能性があるという課題が顕在化してきました。また、ヘルスケアを提供する企業として、患者さんの多様性に対する深い理解と、社内外での多様なニーズへの対応力を高めることが急務となりました。
このような背景から、ライフケア製薬は「従業員のウェルビーイングと心理的安全性の向上」を主要な目的に掲げ、LGBTQ+インクルージョンの推進に本格的に着手しました。本記事では、同社がどのような取り組みを行い、どのような成果を得たのか、その具体的な事例を紹介します。
具体的な取り組み内容:制度と意識改革の多角的アプローチ
ライフケア製薬は、単に制度を導入するだけでなく、従業員の意識改革と企業文化の醸成に重点を置いた多角的なアプローチを採用しました。
1. 福利厚生・人事制度の改定
- 同性パートナーシップの公認: 社内規定を改定し、同性パートナーを配偶者と同等に扱い、慶弔休暇、育児・介護休業、家族手当、社宅制度などの福利厚生を適用しました。これにより、全ての従業員が平等に制度を活用できるようになりました。
- 性自認に基づく名称使用の許可: 従業員の性自認に基づいて、社内システム、名刺、メールアドレスなどで希望する名称を使用できる制度を導入しました。履歴書や入社時の性別記載も任意化を進めました。
- トランスジェンダー従業員への配慮: 性移行に伴う通院や手続きのための特別休暇制度を設け、本人の希望とプライバシーに配慮した上で、利用しやすい相談窓口とガイドラインを整備しました。多目的トイレの設置も順次進めています。
2. 研修・啓発活動の強化
- 全従業員向けeラーニング: LGBTQ+に関する基本的な知識、用語、多様性の重要性、アライシップなどについて学ぶ必須のeラーニングプログラムを導入しました。年に一度の受講を推奨しています。
- 管理職向け対面研修: 部下との信頼関係構築、多様な背景を持つ部下への適切な対応、ハラスメントの防止、制度の正しい理解と活用促進などを目的とした管理職向け研修を実施しました。ロールプレイングやグループディスカッションを通じて、実践的なスキル習得を目指しました。
- アンコンシャス・バイアス研修: 従業員一人ひとりが持つ無意識の偏見に気づき、それを行動や判断に影響させないための研修を、D&I全体の取り組みとして定期的に実施しています。
3. 社内コミュニティ(ERGs)の支援
- LGBTQ+に関するERGsの設立支援: 従業員主導のLGBTQ+当事者およびアライのERGs「Rainbow Alliance」の設立を積極的に支援しました。活動資金の提供、会議スペースの確保、活動時間中の業務扱いの許可など、活動しやすい環境を整備しました。
- 定例会・イベントの開催: ERGsは月1回の定例会や、外部講師を招いた勉強会、ネットワーキングイベントなどを企画・実施しており、会社も広報面などで協力しています。
4. 情報発信とイベント参加
- 社内報・イントラネットでの情報発信: 社内報やイントラネットで、ERGsの活動紹介、LGBTQ+に関する基礎知識、カミングアウト体験談(本人の同意を得て)、アライからのメッセージなどを発信し、全従業員の関心と理解を深めるよう努めました。
- 外部プライドイベントへの参加: 企業として地元のプライドパレードに有志従業員とともに参加・協賛するなど、社外に対しても積極的にメッセージを発信しています。
5. アライシップの推進
- アライ登録制度と可視化: LGBTQ+を支援する意思表示として、全従業員を対象にしたアライ登録制度を導入しました。登録者には希望に応じてアライを示すバッジやステッカーを配布し、社内でのアライの存在を可視化しました。
- アライ向け学習機会の提供: アライとして具体的にどのように行動すべきか、継続的に学習できる機会(勉強会、情報共有チャネル)を提供しています。
導入プロセスと課題:着実な一歩と継続的な取り組み
これらの取り組みは、D&I推進室が中心となり、経営層の強力な後押しと、従業員(特にERGsメンバー)の主体的な関与を得ながら進められました。
プロセスとしては、まず社内アンケートやヒアリングで現状の課題とニーズを詳細に把握しました。その上で、人事部、法務部、IT部門、労働組合、そしてERGs代表などが参加するワーキンググループを設置し、制度改定案の検討、社内承認プロセスの構築、実行計画の策定を行いました。特に、既存の就業規則や福利厚生規定との整合性を取る作業には時間を要しました。
導入時に直面した主な課題は以下の通りです。
- 従業員の理解度と抵抗: LGBTQ+に関する知識の差や、変化への漠然とした不安から、一部の従業員に抵抗が見られました。これに対しては、一方的な「押し付け」にならないよう、研修内容を工夫し、従業員が主体的に学び、疑問を解消できるような対話の機会を増やしました。また、なぜこの取り組みが必要なのか、企業理念や経営戦略との関連性を繰り返し丁寧に説明しました。
- 予算の確保: D&I推進を単なるコストではなく、従業員のエンゲージメント向上や採用力強化につながる「投資」であると経営層に理解してもらうために、国内外の先進事例や関連データを提示し、長期的な視点での費用対効果を説明しました。
- 地方拠点への浸透: 本社主導の取り組みが、全国にある地方拠点や工場にスムーズに浸透しないという課題に対し、各拠点にD&I担当者を配置し、本社と連携しながら地域ごとの状況に合わせた啓発活動や勉強会を実施しています。
これらの課題に対しては、一度に全てを解決するのではなく、小さな成功を積み重ねながら、継続的に取り組んでいく姿勢が重要であると同社は認識しています。
導入後の変化と効果:高まるエンゲージメントと心理的安全性
ライフケア製薬のLGBTQ+インクルージョンへの取り組みは、導入から数年を経て、様々なポジティブな変化をもたらしています。
- 心理的安全性の向上: 従業員満足度調査において、「職場に心理的な安全性があると感じるか」「自分らしくいられるか」といったD&I関連項目のスコアが着実に上昇傾向を示しています。特に、以前はカミングアウトしていなかった当事者従業員の中から、信頼できる同僚や上司に自身のセクシュアリティや性自認を話せるようになった、という定性的な声が複数寄せられています。
- ERGsの活発化: 「Rainbow Alliance」の登録者数と活動参加率が増加し、社内外に向けた積極的な情報発信やイベント企画が実現しています。これが、さらなるアライの増加と社内理解の深化につながる好循環を生んでいます。
- 採用活動への好影響: 採用面接において、候補者から同社のD&Iへの取り組みに関する質問が増え、特に若い世代や多様なバックグラウンドを持つ人材からの応募者層が広がったという実感があります。企業のオープンな姿勢が、入社動機の一つになっていると考えられます。
- 従業員エンゲージメントの向上: 制度の利用状況だけでなく、従業員が企業理念や文化への共感を深め、「この会社で働き続けたい」と感じるエンゲージメントスコア全体の上昇にも寄与していることが、社内サーベイの結果から示唆されています。
- 患者さんへの対応力向上: 従業員一人ひとりの多様性理解が深まることで、様々な背景を持つ患者さんのニーズや心情への共感力が高まり、より質の高いヘルスケアサービスの提供につながるという、本業への間接的な効果も期待されています。
これらの変化は、単なる制度導入の効果に留まらず、従業員一人ひとりの意識と行動が変化し、企業文化として多様性が尊重される方向へ向かっていることを示しています。
成功のポイントと示唆:経営層のコミットメントと従業員の主体性
ライフケア製薬のLGBTQ+インクルージョンの取り組みが成功に至った主なポイントは以下の通りです。
- 経営層の継続的かつ強力なコミットメント: CEOをはじめとする経営層が、D&I、特にLGBTQ+インクルージョンの重要性を繰り返しメッセージとして発信し、取り組みに必要なリソースを確保したことが、全社的な推進の基盤となりました。
- 制度導入と意識・文化改革のバランス: 福利厚生や人事制度といったハード面だけでなく、研修やERGs支援といったソフト面にも力を入れ、従業員の意識と企業文化そのものを変えていこうとする継続的な取り組みが効果を発揮しました。
- 従業員の主体性(ERGs)の活用: 従業員自身が課題提起や活動の中心を担うERGsを支援することで、ボトムアップのエネルギーを取り込み、より現場の実情に即した施策実行と、従業員間の共感を促進しました。
- ヘルスケア企業としての理念との連携: 「人々のウェルビーイング向上」という企業理念とLGBTQ+インクルージョンを結びつけたことで、取り組みの意義が明確になり、従業員の共感を得やすくなりました。
- 外部専門家の活用: LGBTQ+関連の専門家やNPOと連携することで、最新の知識やノウハウを取り入れ、より効果的な研修や相談体制を構築することができました。
この事例から学ぶべき示唆としては、LGBTQ+インクルージョンは単なるコンプライアンスやCSRではなく、従業員のエンゲージメント、心理的安全性、採用力、ひいては企業全体の競争力向上に直結する経営課題であるということです。そして、その推進には、トップダウンの明確な意思表示とリソース提供、ボトムアップの従業員の巻き込み、そして制度・研修・文化醸成といった多角的なアプローチを継続的に行うことが不可欠であると言えます。
まとめ:インクルーシブな職場がもたらす未来
ライフケア製薬株式会社の事例は、製薬・ヘルスケアという分野において、LGBTQ+インクルージョンが従業員のウェルビーイングと心理的安全性を高め、それが結果として企業全体の活性化や競争力向上につながることを示しています。
彼らの取り組みは、完璧な状態を目指すのではなく、一歩ずつ着実に、そして継続的に進めていく姿勢が重要であることを教えてくれます。特に、制度改定だけでなく、従業員の意識に働きかけ、誰もが自分らしくいられる文化を醸成するための研修やコミュニティ支援に力を入れた点は、多くの企業にとって参考になるでしょう。
本事例が、読者の皆様がそれぞれの職場でD&I、特にLGBTQ+に関する施策を立案・実行される際の具体的なヒントとなり、よりインクルーシブな職場環境づくりに貢献できれば幸いです。ライフケア製薬も、今後さらにサプライチェーンへの働きかけや、患者さんへの多様な情報提供など、インクルージョンへの取り組みを深化させていく展望を持っています。