大手食品メーカー ヘルシーフーズ株式会社の事例:食とウェルビーイングを結ぶLGBTQ+インクルージョン
食品を通じてウェルビーイングを追求する企業文化とLGBTQ+インクルージョンの接点
ヘルシーフーズ株式会社は、長年にわたり「すべての人々の心と体の健康を、食を通じて支える」という企業理念のもと、幅広い食品事業を展開してきました。健康志向の高まりとともに、個々人の食の好みやアレルギー、宗教的背景など、多様なニーズに対応する商品開発やサービス提供に力を入れています。このような多様性への配慮は、次第に社内の従業員の多様性、特にLGBTQ+に関するインクルージョンの必要性へと意識を向けさせるきっかけとなりました。
同社がLGBTQ+インクルージョンに取り組むことになった背景には、以下の課題認識がありました。
- 従業員のウェルビーイング向上: 誰もが自分らしく安心して働ける環境こそが、心身の健康(ウェルビーイング)に繋がるという考え。しかし、LGBTQ+に関する社内の無理解や制度の不備が、一部従業員の心理的な負担となっている可能性が指摘されました。
- 多様な消費者ニーズへの対応力強化: 食に対する多様なニーズに対応するためには、開発や企画の段階から社内に多様な視点を取り入れることが不可欠です。LGBTQ+に関する視点も、これからの食市場において重要になると考えられました。
- 企業理念との整合性: 「すべての人々」の健康を支えるという理念を実現するためには、まず自社の従業員において、その多様性を尊重し包摂することが不可欠であるという結論に至りました。
これらの課題意識に基づき、ヘルシーフーズ株式会社は、企業理念とウェルビーイングへのコミットメントを起点としたLGBTQ+インクルージョン推進プロジェクトを立ち上げました。本記事では、同社がどのように具体的な取り組みを進め、どのような効果を上げているのかを掘り下げてご紹介します。
具体的な取り組み内容:制度、研修、コミュニティ支援
ヘルシーフーズ株式会社では、以下の多角的な施策を通じてLGBTQ+インクルージョンを推進しています。
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社内制度の整備:
- 同性パートナーの処遇: 就業規則において、同性パートナーを法律上の配偶者と同様に扱い、慶弔休暇(結婚、忌引)、家族手当、住宅手当、介護休暇・休業、育児休業などの福利厚生の対象としました。これにより、同性婚を望む従業員も安心して生活設計を立てられるようになりました。
- 通称名使用制度の拡大: 業務上使用できる通称名の範囲を拡大し、履歴書や名刺、社内システム、メールアドレスなど、本人の希望に応じて広範な場面での通称名使用を認めました。これにより、トランスジェンダーの従業員や、様々な理由で戸籍名と異なる名前を使用したい従業員の心理的な負担を軽減しています。
- 性自認に基づく施設利用ガイドライン: トイレや更衣室などの施設について、利用者が自身の性自認に基づいて選択できるよう、明確なガイドラインを策定し周知しました。プライバシーへの配慮と、誰もが安心して施設を利用できる環境整備を目指しています。
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従業員への啓発と研修:
- 全従業員向けeラーニング: LGBTQ+に関する基本的な知識、職場で遭遇しうるシチュエーション、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)について学ぶeラーニングを全従業員に義務付けました。自身の偏見に気づき、多様な性について理解を深める機会としています。
- 管理職向け集合研修: より深い理解と、部下からの相談に対する適切な対応方法、アライ(LGBTQ+を支援する人々)としての具体的な行動について学ぶ研修を実施しています。ロールプレイングなどを交え、実践的なスキル習得を目指しています。
- アライ育成プログラム: LGBTQ+当事者やその家族、友人ではない従業員が、当事者を理解し支援するアライとなるためのプログラムを提供しています。当事者の声を聞くセッションや、社内での情報発信方法などを学ぶ機会を設けています。プログラム修了者には、アライであることを示すステッカーなどを配布し、可視化を促進しています。
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社内コミュニティの支援:
- LGBTQ+当事者およびアライで構成される従業員主導のコミュニティ「レインボー・テーブル」の活動を支援しています。定例ミーティングのための会議室提供、社内イベント開催時の会場手配や費用の一部補助などを行い、従業員同士が情報交換や交流を深める場を提供しています。コミュニティの活動を通じて、社内制度への意見や改善提案も吸い上げています。
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外部との連携:
- D&I推進やLGBTQ+に関する専門的な知見を持つ外部コンサルタントから継続的にアドバイスを受けています。
- 他の先進的な取り組みを行う企業との情報交換や合同研修なども積極的に実施し、最新の動向や他社の成功・失敗事例を学んでいます。
- 食と多様性に関する外部調査を実施し、LGBTQ+当事者を含む様々な消費者層のニーズを把握し、商品開発やサービス向上に活かす試みも行っています。
これらの取り組みは、単に制度を導入するだけでなく、従業員一人ひとりの意識変革と、安心して声を上げられる文化を醸成することを目指しています。
導入プロセスと直面した課題、その乗り越え方
一連のLGBTQ+インクルージョン施策を導入するにあたり、ヘルシーフーズ株式会社では以下のプロセスで進められました。
- 経営層への提言と理解促進: 人事部およびD&I推進担当者が中心となり、企業理念や従業員のウェルビーイングへの貢献、そして将来的な事業成長(多様なニーズへの対応)といった観点から、LGBTQ+インクルージョンの重要性を経営層に粘り強く説明しました。具体的な他社事例や、従業員アンケートで明らかになった社内の声などを提示し、共感を得ることに注力しました。
- 専門部署・チームの発足: 経営層の賛同を得て、人事部内にD&I推進専門の担当者を置き、他部署(総務、企画、広報など)からのメンバーも加えたワーキンググループ(WG)を発足させました。WGが中心となり、具体的な施策の検討、外部専門家の選定、従業員との対話などを進めました。
- 従業員への意識調査とニーズ把握: 全従業員を対象に、LGBTQ+に関する意識や職場で抱える課題、制度への要望などを把握するための匿名アンケートを実施しました。この結果は、施策内容を検討する上での重要な根拠となりました。
- 制度設計と規程改定: アンケート結果や外部コンサルタントのアドバイスを踏まえ、既存の社内規程(就業規則、福利厚生規程など)の改定案を作成しました。法務部門とも連携し、実現可能性と公平性を検討しました。
- 社内説明会と意見交換: 制度改定案や新たな取り組みについて、全従業員を対象とした説明会を複数回開催しました。オンライン形式も活用し、多くの従業員が参加できるよう配慮しました。説明会では質疑応答の時間を十分に設け、従業員の疑問や懸念に真摯に向き合いました。また、個別に相談できる窓口も設置しました。
- 段階的な実行と継続的な改善: 一度に全ての施策を導入するのではなく、従業員の理解度や社内状況を見ながら、段階的に導入を進めました。導入後も従業員の意見を収集し、必要に応じて制度やプログラムの見直しを行っています。
導入プロセスでは、いくつかの課題に直面しました。
- 全従業員への理解促進: 特に工場や配送センターなど、本社から離れた現場部門の従業員にとって、LGBTQ+というトピックが馴染みが薄く、理解や関心を得ることに一定の難しさがありました。
- 対応: 現場の管理職向けに、より現場の実情に合わせた研修プログラムを開発・実施しました。また、社内報やポスター、イントラネットなどで、従業員の具体的な声を紹介するなど、身近な話題として感じてもらえるような情報発信を強化しました。D&I推進担当者が積極的に現場を訪問し、対話の機会を持つよう努めました。
- 福利厚生改定にかかるコストと調整: 特に同性パートナーへの福利厚生適用は、人事・総務部門だけでなく、経理部門などとも連携し、コスト試算やシステム改修などの調整が必要でした。
- 対応: WGが中心となり、関連部署との密な連携を図り、早期に課題を洗い出し、解決策を共有しました。経営層には、単なるコストではなく、優秀な人材の確保・定着、従業員のエンゲージメント向上といった中長期的な企業価値向上への投資である点を改めて説明しました。
- 多様なニーズへの対応の難しさ: LGBTQ+と一口に言っても多様な人々が含まれ、個々のニーズは異なります。特に食品メーカーとして、食の好みやライフスタイルに関わる部分で、どのように配慮すれば良いか判断に迷うケースもありました。
- 対応: 社内コミュニティ「レインボー・テーブル」のメンバーや、外部の専門家から具体的なアドバイスを得るようにしています。また、全てのニーズに完璧に応えることは難しいため、まずは多くの従業員に共通する基本的な部分から整備を進め、徐々に対応範囲を広げる方針をとっています。
これらの課題に対し、ヘルシーフーズ株式会社は、一方的な情報提供に留まらず、従業員との双方向の対話と、粘り強いコミュニケーションを重視することで乗り越えようとしています。
導入後のポジティブな変化と効果
一連のLGBTQ+インクルージョン推進施策の導入により、ヘルシーフーズ株式会社の社内には様々なポジティブな変化が見られています。
- 心理的安全性の向上: 従業員アンケートの結果、LGBTQ+に関する話題について話しやすくなった、自分らしく働けるようになったと感じる従業員の割合が増加しました。特に、当事者である従業員やその家族を持つ従業員からは、会社への信頼感が高まったという声が多く寄せられています。
- 相談件数の増加: LGBTQ+に関連する人事制度や就業上の配慮に関する相談窓口へのアクセス件数が増加しました。これは、課題や悩みを抱える従業員が、安心して会社に相談できる環境が整ってきたことの表れと捉えられています。
- 多様な視点からのアイデア創出: 社内コミュニティの活動や、アライ育成プログラムに参加した従業員から、LGBTQ+当事者を含む多様な消費者のライフスタイルやニーズを踏まえた商品アイデアやサービス提案が増えてきました。これは、インクルージョンが企業の競争力向上にも繋がる具体的な兆候として注目されています。
- 採用活動への好影響: 就職活動中の学生や転職希望者から、ヘルシーフーズ株式会社のD&I推進、特にLGBTQ+への取り組みに対する肯定的な評価が増えています。企業説明会や面接の場でも、この点に関心を示す候補者が増え、多様な人材の獲得において有利に働いています。
- 企業イメージの向上: ウェルビーイング経営を推進し、多様性を尊重する企業として、社外からの評価も高まっています。これは、顧客からの信頼獲得や、ESG投資の観点からも重要な要素となっています。
具体的な成果を示すデータとしては、例えば、D&Iに関する全社アンケートにおいて、「自分の意見が尊重されていると感じる」という項目のスコアが、施策導入前のXポイントから導入後のYポイントへ上昇したことなどが挙げられます。また、LGBTQ+に関する相談窓口への月間平均相談件数がZ件からW件に増加したというデータも、安心して相談できる環境が浸透していることを示唆しています。
これらの変化や効果は、従業員一人ひとりのモチベーションやエンゲージメントを高め、結果として組織全体の生産性向上や、多様な消費者ニーズに対応できる柔軟な企業文化の醸成に貢献するものと期待されています。経営層に対しても、これらのデータや定性的な声を共有することで、D&I推進が単なるコストではなく、将来への重要な投資であることを具体的に説明しています。
成功のポイントと読者への示唆
ヘルシーフーズ株式会社のLGBTQ+インクルージョン推進が比較的スムーズに進み、ポジティブな変化をもたらしている主要な要因は以下の通りと考えられます。
- 企業理念との強い紐付け: 「すべての人々の心と体の健康を、食を通じて支える」という既存の企業理念と、従業員のウェルビーイング、そして多様な消費者ニーズへの対応という事業上の必要性を明確に結びつけたことが、社内外からの共感を得る上で大きな力となりました。
- 経営層のコミットメント: 経営層がLGBTQ+インクルージョンの重要性を理解し、具体的な施策推進を後押ししたことが、プロジェクト実行の推進力となりました。
- 全社的な対話と巻き込み: 一方的な制度導入ではなく、従業員アンケート、説明会、コミュニティ支援などを通じて、現場の声を吸い上げ、従業員全体をプロセスに巻き込む努力を継続したことが、抵抗感を減らし、当事者意識を高めることに繋がりました。
- 外部専門家と他社連携の活用: 専門的な知見や他社の成功・失敗事例を参考にすることで、効果的かつ現実的な施策を設計・実行することができました。
この事例から、読者である企業の人事部やD&I推進担当者の皆様が自社でLGBTQ+インクルージョンを検討する上で学ぶべき示唆は多くあります。
- 自社の理念や強みとの連携: 単に「時代の要請だから」ではなく、自社の企業理念、事業内容、目指す姿とLGBTQ+インクルージョンをどのように結びつけられるかを検討してください。目的意識が明確になることで、社内の賛同を得やすくなります。
- 経営層の理解促進とコミットメントの確保: 経営層への丁寧な説明と、具体的なデータや中長期的なメリット(採用力、離職率、生産性、ブランドイメージなど)を示すことが重要です。
- 従業員との対話とニーズ把握: 一方的に制度を導入するのではなく、従業員の現状や意識、具体的な困りごとや要望を丁寧にヒアリングし、施策に反映させることが成功の鍵となります。アンケートや座談会、相談窓口の設置などが有効です。
- 段階的なアプローチと継続的な改善: 全てを一度に完璧に行おうとせず、まずは取り組みやすいところから始め、従業員の反応や効果を見ながら段階的に範囲を広げ、継続的に改善していく視点が重要です。
- アライ育成とコミュニティ支援: 当事者だけでなく、多くの従業員がアライとして関われる機会を提供し、当事者同士やアライとの交流を深めるコミュニティ活動を支援することで、社内全体の理解促進と文化醸成を効果的に進めることができます。
ヘルシーフーズ株式会社の事例は、自社の特性を活かしつつ、従業員との対話を通じて着実にインクルージョンを進めることの重要性を示唆しています。
まとめ:食とウェルビーイングに根差したインクルージョンの可能性
ヘルシーフーズ株式会社のLGBTQ+インクルージョンへの取り組みは、「食」という企業の中核事業と「ウェルビーイング」という従業員の健康・幸福を追求する視点を強く結びつけることで、単なる法令遵守や社会貢献にとどまらない、企業の成長に繋がる戦略的な活動として位置づけられています。
同社の事例は、大手企業であっても、全従業員への理解促進、コスト調整、多様なニーズへの対応といった課題に直面しながらも、経営層のコミットメントと従業員との継続的な対話を通じて、着実にポジティブな変化を生み出すことができることを示しています。心理的安全性の向上、多様な視点からのアイデア創出、採用力の強化といった成果は、D&I推進が企業価値向上に貢献する具体的な証左と言えるでしょう。
読者の皆様におかれましても、この事例を参考に、自社の企業文化や事業内容とLGBTQ+インクルージョンをどのように結びつけられるかを検討し、一歩ずつ具体的な施策を推進していくことの重要性を改めて認識していただければ幸いです。インクルーシブな職場環境の構築は、すべての従業員が能力を最大限に発揮し、企業が持続的に成長していくための重要な基盤となります。今後もヘルシーフーズ株式会社のような先進事例が増え、日本の職場の虹がより鮮やかに輝くことを願っています。