大手法律事務所フォワード法律事務所の事例:パートナーシップ制度導入と粘り強い意識改革で築くインクルーシブな職場
導入:専門職集団における多様性の課題
フォワード法律事務所は、国内外に拠点を持ち、多岐にわたるリーガルサービスを提供する大手法律事務所です。高度な専門性とプロフェッショナリズムを追求する文化は、その強みである一方、組織としての多様性の確保や、個々のバックグラウンドへの配慮においては、改善の余地がある状況でした。
特に、LGBTQ+に関する課題は、事務所全体として十分に認識され、対応が進んでいるとは言えない状況でした。一部の従業員からは、同性パートナーに関する福利厚生の適用外、オープンなコミュニケーションがしづらい雰囲気、無意識の偏見による言動などに関する声が聞かれ始めていました。
グローバルに展開し、多様なクライアントのニーズに応えるためには、事務所自体の多様性も不可欠であり、優秀な人材の獲得・定着、そして従業員一人ひとりが最大限のパフォーマンスを発揮できる環境整備が喫緊の課題として認識されるようになりました。このような背景から、フォワード法律事務所はLGBTQ+インクルージョンの推進を本格的に開始しました。本記事では、同事務所が特に注力したパートナーシップ制度の導入と、専門職集団における意識改革の取り組みを中心に、その事例を紹介します。
具体的な取り組み内容:制度と意識の両面からのアプローチ
フォワード法律事務所が実施したLGBTQ+インクルージョンに関する主な取り組みは以下の通りです。
- 同性パートナーシップ制度の導入:
- 目的: 法的に結婚が認められていない同性パートナーや事実婚関係にある従業員に対しても、異性間の配偶者と同様の福利厚生を適用すること。これにより、従業員の公平感を高め、安心して働くことができる環境を整備することを目指しました。
- 内容: 慶弔休暇、特別休暇(パートナーの疾病・弔事等)、社宅制度、転勤時の帯同赴任支援、健康診断における家族割引、各種保険加入における家族範囲の拡大など、幅広い福利厚生制度の適用範囲を拡大しました。制度の利用にあたっては、地方自治体の発行するパートナーシップ証明書や、公正証書等の書類に加え、事務所独自の要件(例:同居の事実、生計を共にしていること等)を定めることで、事実婚状態にある異性間のカップルも対象に含める工夫をしました。
- 工夫点: 制度設計においては、法務部門と連携し、既存の就業規則や各種規定との整合性を慎重に確認しました。また、従業員が制度を安心して利用できるよう、申請プロセスの簡素化や、プライバシーに配慮した情報管理体制を構築しました。
- LGBTQ+に関する全従業員向け研修:
- 目的: LGBTQ+に関する基礎知識の習得、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)への気づき、多様性を尊重するコミュニケーション方法の理解促進。
- 内容: 外部の専門講師を招いたeラーニング研修を導入し、全従業員に受講を義務付けました。その後、部門ごとや階層別の集合研修(任意参加も可)を実施し、質疑応答やケーススタディを通じて、より実践的な理解を深める機会を提供しました。特に管理職向けには、ハラスメント防止や心理的安全性の確保に焦点を当てた内容としました。
- 工夫点: 多忙な専門職が多い環境を考慮し、eラーニングは短時間で要点を学べるモジュール形式とし、集合研修は時間を調整可能な複数日程を用意しました。また、一方的な知識伝達に終わらず、従業員同士が多様な視点について話し合うワークショップ形式を取り入れることで、主体的な学びを促しました。
- アライ(Ally)育成とネットワーク構築支援:
- 目的: LGBTQ+当事者ではない従業員が理解者・支援者(アライ)となり、より積極的にインクルーシブな職場づくりに関わる文化を醸成すること。
- 内容: アライの役割や具体的な行動について解説する研修や情報提供を実施しました。有志によるアライコミュニティの発足を支援し、定期的な交流会や勉強会の開催費用を補助しました。コミュニティ活動を通じて、当事者とアライが共に学び、支援し合う関係性の構築を目指しました。
- 相談窓口の設置と周知:
- 目的: LGBTQ+当事者やアライ、その他多様性に関する悩みを抱える従業員が安心して相談できる窓口を設置すること。
- 内容: 人事部内の専門担当者、外部の産業医や臨床心理士と連携した相談体制を整備しました。匿名での相談も可能な仕組みを整え、社内イントラネットや研修を通じて積極的に周知を行いました。
導入プロセスと課題:専門職の納得を得るための粘り強さ
これらの取り組みは、D&I推進をミッションとする人事部の担当者が中心となり、経営層への提案からスタートしました。提案においては、単なる社会貢献ではなく、「グローバル競争における優秀な人材確保」「クライアントからの信頼獲得」「従業員のエンゲージメント向上」といったビジネス上のメリットを明確に提示したことが、経営層の理解とコミットメントを得る上で重要でした。
しかし、法律事務所という専門職集団において、これらの取り組みを推進する過程では、いくつかの課題に直面しました。
- 多忙な専門職の関心と時間確保: 日々の業務に追われる弁護士やパラリーガル、スタッフの中には、D&Iへの関心が低い、あるいは重要性は理解しつつも研修等に時間を割くのが難しいといった声がありました。
- 意識変革の難しさ: これまでの慣習や価値観が根強く、特に世代によってはLGBTQ+への理解が進んでいない、あるいは偏見を無意識に持っている従業員も少なからず存在しました。専門性の高い議論には慣れていても、感情や多様性に関するテーマでの対話には抵抗があるケースも見られました。
- 制度設計における法務部門との連携: パートナーシップ制度の設計においては、法律のプロである法務部門との緊密な連携が必要でしたが、法的な観点からの厳密な議論と、D&I推進の観点からの柔軟な対応の間で調整が必要な場面もありました。
これらの課題に対し、事務所は以下のような対応を取りました。
- 経営層の継続的な発信: 経営会議での議題化、社内報でのメッセージ発信など、トップのコミットメントを継続的に示すことで、事務所としての重要方針であることを強調しました。
- 現場キーパーソンの巻き込み: 各部門の責任者や、影響力のあるベテラン弁護士などにD&Iの重要性を丁寧に説明し、彼らを推進者として巻き込むことで、現場レベルでの理解促進を図りました。
- 対話の機会の創出: 一方的な情報提供だけでなく、少人数でのワークショップや座談会形式の交流会を企画し、従業員が率直な意見交換をできる場を設けました。当事者の声を聞く機会を設けることも、理解を深める上で効果的でした。
- 外部専門家の活用: 研修講師だけでなく、D&IコンサルタントやLGBTQ+当事者団体からのアドバイスを受けながら、客観的で信頼性の高い情報を提供し、取り組みの妥当性を示すようにしました。
導入後の変化と効果:心理的安全性と企業イメージの向上
パートナーシップ制度の導入と継続的な啓発活動により、事務所内には徐々にポジティブな変化が見られるようになりました。
- 心理的安全性の向上: 当事者の従業員から、「制度ができたことで、初めて自分は事務所の一員として認められていると感じられた」「安心してパートナーの話を同僚とできるようになった」といった声が聞かれました。制度の存在自体が、心理的な安心感に繋がっていることが伺えます。
- アライの可視化: 研修受講後にアライであることを表明する従業員が増え、社内でのアライコミュニティの参加者も増加しました。コミュニティ主催のイベントには、予想以上の数の従業員が参加し、多様性への関心の高まりが確認されました。
- 採用活動への影響: 採用面接において、応募者から事務所のD&Iへの取り組み、特にパートナーシップ制度について質問される機会が増加しました。事務所のオープンな姿勢が、多様なバックグラウンドを持つ優秀な人材を引きつける要因の一つとなっていることを実感しています。
- 企業イメージの向上: クライアント企業からも、フォワード法律事務所のD&Iへの取り組みに対する評価の声が聞かれるようになりました。サステナビリティやESG経営が重視される中、事務所の姿勢がクライアントからの信頼獲得に繋がっています。
- 従業員エンゲージメントの改善(想定): 直接的な定量データは限定的ですが、従業員満足度調査における「多様性が尊重されているか」「安心して意見を言えるか」といった設問に対する肯定的な回答が増加傾向にあります。
定量的な成果としては、制度利用者数、研修参加率は当初の目標を達成しており、アライコミュニティの登録者数は着実に増加しています。
成功のポイントと示唆:地道な継続と全方位的なアプローチ
フォワード法律事務所の事例から学ぶべき成功のポイントはいくつか挙げられます。
第一に、経営層の強いコミットメントが不可欠でした。専門職集団という特性上、トップダウンの意思決定だけでは限界がありますが、経営層が本気で取り組む姿勢を示すことが、取り組みを進める上での推進力となりました。
第二に、具体的な「制度」を導入したことです。パートナーシップ制度という目に見える、具体的な変化をもたらすことで、従業員は事務所の真剣さを実感しやすくなりました。制度設計においては、実情に合わせた柔軟な対応(事実婚を含む)も重要です。
第三に、全従業員を対象とした、粘り強い啓発活動です。専門家相手であっても、多様性に関する意識改革は一朝一夕には成し遂げられません。eラーニングと集合研修を組み合わせ、対話の機会を設けるなど、多様なアプローチを継続的に行うことが効果的でした。
第四に、ビジネス上のメリットを明確に提示したことです。D&Iは理念だけでなく、人材獲得やクライアント対応といったビジネス上の課題解決にも繋がることを具体的に説明することが、組織全体の理解と協力に繋がります。
この事例は、特に専門職集団や伝統的な組織文化を持つ企業において、制度導入と並行して、根気強く従業員の意識に働きかけることの重要性を示唆しています。また、D&I推進が単なるCSR活動ではなく、企業経営における重要な戦略の一つであることを改めて認識させます。
まとめ:インクルーシブな職場づくりは継続的な旅路
フォワード法律事務所のLGBTQ+インクルージョンへの取り組みは、パートナーシップ制度の導入を核とし、研修やアライ育成といった意識改革を組み合わせた、多角的なアプローチによって推進されています。多忙な専門職集団という環境下で、経営層の強いリーダーシップのもと、粘り強くコミュニケーションを重ねることで、着実に心理的安全性の高い、インクルーシブな職場環境への変革を進めています。
この事例は、読者の皆様が自社でD&I、特にLGBTQ+に関する施策を検討される上で、具体的な制度設計の参考になるだけでなく、従業員の意識改革という、より困難ながらも不可欠な課題にどのように向き合うべきかについての重要な示唆を与えてくれるでしょう。インクルーシブな職場づくりは終わりなき旅路であり、今後も社会の変化や従業員の声に耳を傾けながら、継続的に取り組みを発展させていくことが求められます。
フォワード法律事務所の事例が、皆様の会社の「職場の虹」を広げる一助となれば幸いです。