大手食品メーカー未来食品株式会社の挑戦:広報・IR戦略と連携したLGBTQ+インクルージョン
大手食品メーカー未来食品株式会社の挑戦:広報・IR戦略と連携したLGBTQ+インクルージョン
食を通じて人々の暮らしを豊かにすることを企業理念とする未来食品株式会社(以下、未来食品)は、多様な食文化やライフスタイルに寄り添う企業として、かねてよりダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進に取り組んできました。近年、消費者や投資家のサステナビリティや人権に対する意識が高まる中、同社ではD&I、特にLGBTQ+に関する取り組みを単なる社内制度の整備に留めず、広報・IR戦略と連携させることで、企業価値向上に繋げる新たな挑戦を開始しました。
従来のD&I推進は人事部門主導で進められることが多かったものの、未来食品では「食」という生活に密着した事業を展開している特性上、消費者を含むあらゆるステークホルダーからの信頼と共感が不可欠であると認識していました。そのため、LGBTQ+インクルージョンへの取り組みを、企業イメージ向上やブランド価値強化、さらにはESG投資家からの評価に繋げるための重要な要素と位置付け、広報・IR部門と人事部門が密接に連携する体制を構築しました。
本記事では、未来食品がどのようにLGBTQ+インクルージョンを広報・IR戦略と連携させ、具体的な施策を実行し、どのような成果を上げたのか、その詳細な事例をご紹介します。
具体的な取り組み内容
未来食品のLGBTQ+インクルージョンにおける主要な取り組みは、社内外への統合的なアプローチに特徴があります。
- 社外向け情報発信の強化:
- ウェブサイト・統合報告書: 企業ウェブサイトのD&Iページを刷新し、LGBTQ+に関する方針、具体的な制度、取り組みの進捗状況を詳細に公開しました。また、統合報告書においても、D&I推進が企業価値創造にどのように貢献しているかを具体的に記述し、ESG投資家向けの情報を充実させました。
- SNSを活用した啓発コンテンツ: 企業の公式SNSアカウントで、LGBTQ+に関する基礎知識、社内制度の紹介、多様な従業員の声などを発信するコンテンツを定期的に制作・配信しました。親しみやすいトーンで、食と多様性を結びつけた独自のメッセージも発信しました。
- 外部イベントへの協賛・参加: 東京レインボープライドなどのLGBTQ+関連イベントに積極的に協賛し、ブースを出展しました。社員ボランティアが参加し、来場者との交流を通じて企業の姿勢を伝えました。
- メディアとの連携: LGBTQ+インクルージョンに関する取り組みについて、積極的にメディアに情報提供を行い、企業のポジティブな露出を増やしました。
- 社内制度・環境の整備と浸透:
- パートナーシップ制度の導入: 同性パートナーシップを配偶者と同等とみなし、慶弔休暇、福利厚生(住宅手当、家族手当など)、社宅利用、赴任規程などを適用する制度を導入しました。
- 相談窓口の設置と周知: LGBTQ+に関する従業員からの相談を受け付ける専門窓口を設置し、社内外の相談先情報を分かりやすく周知しました。産業医やカウンセラーとの連携体制も強化しました。
- トイレ・更衣室の改修: 新設・改修する事業所や店舗から、多目的トイレやオールジェンダートイレの設置を進めました。既存施設についても、可能な範囲で表示の見直しや環境整備を行いました。
- 従業員向け啓発・研修の実施:
- 全従業員向けeラーニング: LGBTQ+に関する基礎知識、職場で配慮すべき点などを学ぶ全従業員必修のeラーニングを実施しました。受講率95%以上を目標に、部門長へのフォローアップを依頼しました。
- 管理職向け研修: 管理職を対象に、より実践的なケーススタディを取り入れた研修を実施しました。部下からのカミングアウトへの対応方法や、インクルーシブなチームづくりについて具体的なスキルを習得することを目指しました。
- アライ育成プログラム: LGBTQ+当事者を積極的に支援する「アライ」を増やすためのプログラムを実施しました。オンラインセミナーや、アライ宣言を促すキャンペーンなどを展開しました。
- 社内コミュニティ支援: 従業員主導のLGBTQ+に関する社内コミュニティの活動を支援し、情報交換やネットワーキングの場を提供しました。
導入プロセスと課題
これらの取り組みを進めるにあたり、未来食品はまずD&I推進委員会に広報・IR部門の担当者を加え、密な情報連携と共同企画を行う体制を構築しました。経営層に対しては、LGBTQ+インクルージョンの推進が、企業イメージ向上、優秀な人材の獲得・定着、消費者からの共感獲得、さらには海外展開におけるリスク低減に繋がるという、事業戦略上の重要性をデータや他社事例を示しながら粘り強く説明しました。特に、ESG投資の広がりの中で、人権や多様性への配慮が企業評価に直結することを強調した点が、経営層の理解を得る上で効果的でした。
導入プロセスで直面した課題としては、以下の点が挙げられます。
- 社内理解の温度差: 特に営業部門や工場など、多様なバックグラウンドを持つ従業員が多い現場において、LGBTQ+に関する基礎知識の浸透や理解促進に時間がかかりました。これに対しては、一方的な情報提供だけでなく、ワークショップ形式での対話の機会を増やしたり、現場リーダー向けの研修を強化したりすることで対応しました。
- 広報・IR部門の専門性: 広報・IR部門の担当者が、LGBTQ+に関する専門知識や情報発信における配慮点を十分に理解していませんでした。これに対しては、外部の専門家を招いた合同研修を実施したり、情報発信前に当事者や専門家のレビューを受けるプロセスを導入したりすることで、リスク管理と効果的なメッセージ発信の両立を図りました。
- 取り組みの継続性と予算: 短期的な効果が見えにくいため、取り組みを継続するための予算確保や優先順位付けが課題となる場面がありました。これに対しては、エンゲージメントサーベイや従業員アンケート、企業イメージ調査などのデータを収集し、取り組みの成果を定量的に示すことで、経営層や関係部門への説得材料としました。
導入後の変化と効果
未来食品のLGBTQ+インクルージョンへの取り組みは、社内外に様々なポジティブな変化をもたらしました。
- 企業イメージ向上: 複数回の消費者アンケートにおいて、「多様性を尊重している企業」「社会課題に関心がある企業」といった項目で未来食品への評価が向上しました。特に若年層からのブランドに対する共感度が高まったというデータが得られました。また、ESG評価機関からの評価が改善し、投資家からの問い合わせやIR面談においても、D&Iに関する取り組みがポジティブなトピックとして取り上げられることが増加しました。
- メディア露出の増加: LGBTQ+関連のトピックで未来食品の取り組みが紹介される機会が増え、企業の認知度向上と肯定的な露出に繋がりました。
- 採用活動への好影響: 求職者、特に多様なバックグラウンドを持つ人材から、未来食品のD&I推進への姿勢が評価される声が増えました。採用面接においても、候補者からD&Iに関する逆質問が増加し、企業の採用ブランド向上に貢献しました。
- 従業員エンゲージメント向上: 従業員意識調査において、「自分の個性を活かせる」「心理的安全性が高い」といった項目の評価が向上しました。特にLGBTQ+当事者やアライの従業員からは、「働きがいを感じる」「安心して働ける」といった定性的な声が多く寄せられました。社内コミュニティの参加者も増加し、従業員同士の連帯感が高まりました。
- 社内外の対話促進: 社外イベントへの参加やSNSでの発信を通じて、消費者やNPOなど様々なステークホルダーとの対話が生まれました。これにより、企業は外部からの多様な視点を取り入れ、より inclusvie な商品・サービスの開発やコミュニケーションの改善に繋げることができました。
成功のポイントと示唆
未来食品の取り組みが成功に至った主要なポイントは、以下の3点に集約されます。
- 経営層の明確なコミットメントと部門横断的な連携: D&Iを単なる人事課題ではなく、企業戦略の重要な柱として位置付け、経営層が主導し、人事部門と広報・IR部門が緊密に連携して取り組んだことが成功の基盤となりました。
- 戦略的な社外コミュニケーション: 取り組みを単に実施するだけでなく、その背景、目的、内容、効果を戦略的に社外に発信したことで、企業イメージ向上やステークホルダーからの共感獲得に繋がりました。
- データに基づいた効果測定と改善: 従業員意識調査や企業イメージ調査、メディア露出状況など、様々なデータを収集・分析し、取り組みの効果を可視化することで、社内外への説得力を高め、継続的な改善に繋げました。
この事例は、企業がLGBTQ+インクルージョンに取り組む際に、社内制度の整備だけでなく、その取り組みをどのように外部に伝え、企業価値向上に繋げるかという視点が非常に重要であることを示唆しています。特に、生活者に近い事業を展開する企業にとっては、消費者や地域社会との関係性強化の観点からも、広報・IR戦略との連携は有効なアプローチと言えるでしょう。
まとめ
未来食品株式会社の事例は、LGBTQ+インクルージョンへの取り組みが、単なる社会貢献や従業員満足度向上に留まらず、企業イメージ向上、採用力強化、ステークホルダーエンゲージメント強化など、幅広い経営効果に繋がりうることを具体的に示しています。
特に、人事部門と広報・IR部門が連携し、戦略的に情報を発信するアプローチは、多くの企業にとって参考になるでしょう。自社でLGBTQ+インクルージョン推進を検討されている人事・D&Iご担当者の皆様は、未来食品の事例を参考に、取り組みの企画段階から広報・IR部門との連携を視野に入れ、社内外への効果的な情報発信計画も合わせて検討されることをお勧めします。
D&Iは一度取り組めば終わりではなく、社会や従業員の意識の変化に合わせて常に進化させていく必要があります。未来食品の挑戦は、今後も様々なステークホルダーとの対話を通じて、さらにインクルーシブな企業文化を醸成していくことでしょう。