大手アパレル企業スタイルリンク株式会社の事例:ブランドイメージ向上と従業員エンゲージメントを両立するLGBTQ+インクルージョン
はじめに:ブランドと多様性を繋ぐアパレル企業の課題
大手アパレル企業であるスタイルリンク株式会社は、国内外で多様なブランドを展開し、幅広い顧客層に支持されています。特に若年層を中心に、社会の多様性や企業の姿勢に対する関心が高まる中、ブランドイメージと実際の社内文化の間に乖離が生じているという課題意識が社内で高まっていました。また、アパレル業界特有の離職率の高さや、多様なバックグラウンドを持つ優秀な人材の確保といった側面からも、より包括的で多様性を尊重する組織文化の構築が急務と考えられていました。
このような背景のもと、スタイルリンク株式会社は、企業の根幹である「ファッションを通じて人々の多様なライフスタイルを応援する」というパーパスを実現するためには、まず従業員自身が自分らしく輝ける環境が必要であると認識し、LGBTQ+インクルージョンを重点課題の一つとして位置づけました。本記事では、同社がブランド戦略とも連携させながら推進した具体的なLGBTQ+インクルージョン施策、そのプロセス、得られた効果について詳しくご紹介します。
スタイルリンク株式会社の具体的な取り組み内容
スタイルリンク株式会社は、LGBTQ+インクルージョンを推進するために、多角的な施策を講じました。これらの施策は、単なる制度導入に留まらず、従業員の意識改革、当事者やアライのエンパワメント、そして企業のメッセージ発信といった幅広い領域をカバーしています。
1. 包括的な社内制度の整備
従業員が安心して働くための基盤として、社内制度の見直しと整備が行われました。
- 同性パートナーシップ制度および事実婚の承認: 結婚に相当する関係性にある同性パートナーや事実婚のパートナーを、社内規定上の配偶者と同様に扱い、慶弔休暇、育児・介護休業、転勤時の社宅利用などの福利厚生の対象としました。これにより、婚姻の平等が法的に保障されていない現状においても、従業員のライフイベントや生活を企業としてサポートする姿勢を示しました。
- 性別にとらわれない選択が可能な服装規定: 従来は性別で分けられていた制服やドレスコードについて、従業員が自身のジェンダー表現に合った服装を自由に選択できる規定を導入しました。店舗や本社勤務など、職種や役割に応じたガイドラインを設けつつ、性の自認に基づく服装を尊重する方針を明確にしました。
- 多目的トイレの設置・推進: 新規のオフィスや店舗においては、性別を問わず利用できる多目的トイレ(オールジェンダートイレ)の設置を進め、既存拠点についても改修や表示変更によって利用しやすい環境整備に努めています。
- 休暇制度の柔軟化: 性別適合手術やホルモン治療など、トランスジェンダー従業員が必要とする医療的なケアのための特別休暇を新設するなど、個別のニーズに対応できる休暇制度の検討・導入を進めています。
2. 従業員への啓発と教育
従業員の理解促進と意識改革は、制度導入と並行して重要な柱と位置づけられました。
- 全従業員向けeラーニング研修: LGBTQ+に関する基本的な知識、用語、ハラスメント防止などを学ぶeラーニング研修を必須で実施しました。多様な従業員が自分ごととして捉えられるよう、当事者の声や社内事例を交える工夫がなされました。
- 管理職向けワークショップ: アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)に焦点を当てたワークショップや、多様な部下への適切な配慮、心理的安全性の高いチーム作りに関する研修を実施しました。特にトランスジェンダー従業員への移行期間におけるサポート方法など、実践的な内容に重点が置かれました。
- 現場スタッフ向けトレーニング: 店舗など顧客と直接接する現場のスタッフに対して、多様な顧客(性的指向、性自認に関わらず)への自然で丁寧な言葉遣いや接し方に関するトレーニングを実施しました。
3. 社内コミュニティの支援とアライの育成
従業員が安心して繋がれる場と、インクルージョンを推進する担い手の育成にも力を入れました。
- LGBTQ+当事者・アライネットワークの発足支援: 従業員主導のLGBTQ+当事者およびアライ(ALLY: 理解・支援者)のネットワーク形成を積極的に支援しました。活動のための予算や会議スペースを提供し、定期的な情報交換会や勉強会、交流イベントの開催を後押ししています。経営層もこれらのイベントに積極的に参加し、サポート姿勢を示しています。
- アライ育成プログラム: LGBTQ+について学び、理解・支援の輪を広げる「アライ育成プログラム」を実施しています。プログラム修了者にはアライであることを示すステッカーやツールを提供し、オフィスや店舗でアライが見えるようにする「見える化」を進めました。
4. ブランドキャンペーンとの連携
アパレル企業ならではの取り組みとして、ブランドメッセージとインクルージョンを結びつける施策を展開しました。
- 多様なモデルの起用: 商品カタログや広告キャンペーンにおいて、多様なジェンダー、体型、バックグラウンドを持つモデルを積極的に起用しました。
- インクルーシブなメッセージの発信: ブランドのコピーやキャンペーンメッセージに、「多様な自分らしさ」や「着たい服を自由に楽しむ」といったインクルーシブな視点を盛り込みました。
- プライド月間キャンペーン: プライド月間には、LGBTQ+コミュニティへのサポートを示す限定商品の販売や、関連団体への寄付を行うキャンペーンを実施。社外だけでなく社内にもメッセージを浸透させました。
導入プロセスと直面した課題、その克服
これらの取り組みは、D&I推進室が主導し、人事部、広報部、各ブランド事業部と連携しながら進められました。
- プロセス: まずは社内アンケートやヒアリングを通じて、従業員の現状の意識やニーズ、抱える課題を把握することから始めました。次に、他社事例や専門家のアドバイスを参考に、スタイルリンクの文化に合った施策を設計。経営会議で施策の重要性(従業員満足度、採用競争力、ブランド価値向上への貢献)をデータと共に提示し、承認を得ました。その後、D&I推進室が中心となり、関係部署と協力しながら制度改定、研修プログラム開発、コミュニティ支援、キャンペーン計画などを並行して実行しました。制度導入後も、従業員からのフィードバックを収集し、改善を継続しています。
- 課題: 導入当初は、特に歴史の長いブランドの従業員や、多様性に関する知識が少ない従業員からの戸惑いや疑問の声も聞かれました。「なぜ今これをやるのか」「自分たちに関係あるのか」といった抵抗感や理解不足が課題でした。また、全国の店舗スタッフへの情報伝達と意識浸透には、時間と労力がかかりました。
- 克服: これらの課題に対して、同社は以下のようなアプローチを取りました。
- 経営層からの継続的なメッセージ発信: 社長や役員が、社内報やタウンホールミーティングでインクルージョンの重要性について繰り返し語り、本社の強い意志を示しました。
- D&I推進室と現場リーダーの連携: D&I推進室が店舗エリアマネージャーや店長と密に連携し、研修の実施方法や従業員からの質問への対応についてサポート体制を構築しました。
- 「対話」を重視したコミュニケーション: 一方的な情報提供だけでなく、少人数の座談会やオープンな質疑応答の場を設け、従業員が安心して疑問を投げかけたり、自身の考えを共有したりできる機会を増やしました。FAQを社内ポータルサイトで公開し、いつでも情報を得られるようにしました。
- 成功事例の共有: 制度を利用した従業員の声や、インクルーシブな取り組みがチームに良い影響を与えた事例などを社内報で紹介し、成功イメージを共有しました。
導入後の変化と効果
スタイルリンク株式会社の包括的なLGBTQ+インクルージョンへの取り組みは、社内外に様々なポジティブな変化をもたらしました。
- 従業員の心理的安全性向上とエンゲージメント強化: 従業員アンケートの結果、「職場に自分らしくいられると感じるか」「自分の意見が尊重されていると感じるか」といった項目でスコアが向上しました。社内ネットワークへの参加者も着実に増加し、従業員同士の繋がりや相互理解が進みました。これにより、従業員のエンゲージメントが高まり、生産性向上にも寄与していると考えられています。
- 採用活動への好影響: 企業のD&Iへの取り組みが、就職活動中の学生や転職希望者にとって重要な判断基準となり、多様なバックグラウンドを持つ優秀な人材からの応募が増加しました。企業イメージ向上により、採用競争力が高まったという実感があります。
- ブランドイメージ向上と顧客からの支持: ブランドキャンペーンでの多様なモデル起用やメッセージ発信は、特に若年層の顧客から肯定的に受け止められました。「スタイルリンクのブランドは私たちの多様性を理解し、応援してくれている」といった声がSNSやカスタマーセンターに寄せられるようになり、ブランドロイヤリティの向上に繋がっています。特定のインクルーシブな取り組みに連動した商品の売上も好調でした。
- 創造性とイノベーションの促進: 多様な視点や経験を持つ従業員が増え、それぞれの意見が尊重される企業文化が醸成されたことで、自由な発想でのアイデアが出やすくなりました。これが新しい商品開発やサービス企画、プロモーション戦略における創造性の向上に繋がっています。
成功のポイントと示唆
スタイルリンク株式会社の事例から学ぶべき成功のポイントは複数あります。
- 経営層の強いコミットメントと可視化: 経営トップが明確な言葉でインクルージョン推進の重要性を語り、自らも積極的に関与する姿勢を見せたことが、社内全体の意識を変える強力な推進力となりました。
- 戦略的な取り組みと事業連携: LGBTQ+インクルージョンを単なるCSR活動や人事施策に留めず、ブランド戦略や事業成長に繋がる重要な要素として位置づけたことが、施策への投資や推進の優先度を高める上で有効でした。
- 現場レベルへの丁寧な浸透: 本社主導の施策を、全国の店舗を含むすべての現場に浸透させるため、現場リーダーとの連携や、従業員との対話を重視した継続的なコミュニケーションが成功の鍵となりました。
- 当事者・アライのエンパワメント: 社内ネットワークの活動を支援し、従業員が主体的にインクルージョン推進に関わる機会を提供したことが、ボトムアップでの文化醸成に貢献しました。
この事例は、人事担当者やD&I推進担当者の方々に対し、インクルージョンが単なるコンプライアンス対応ではなく、従業員のウェルビーイング、採用力強化、企業イメージ向上、そして事業成長そのものに貢献しうる戦略的な取り組みであることを示唆しています。特に、自社の事業内容やブランドイメージとの連携を検討することで、経営層への説明材料や施策の意義をより明確にできる可能性を示しています。
まとめ:ブランドを体現するインクルーシブな職場へ
スタイルリンク株式会社のLGBTQ+インクルージョンへの取り組みは、包括的な制度整備、継続的な啓発教育、そして従業員コミュニティの支援と、それをブランド戦略と連携させるという多角的なアプローチが特徴です。導入プロセスにおける課題にも真摯に向き合い、経営層のリーダーシップと現場への丁寧な浸透努力によって、従業員の心理的安全性向上、採用力強化、そしてブランドイメージ向上という確かな効果を上げています。
この事例から、読者の皆様は、自社の業界や文化、事業特性に合わせてLGBTQ+インクルージョン施策をカスタマイズし、戦略的に推進することの重要性を学べるのではないでしょうか。インクルージョンは一度行えば終わりではなく、社会の変化や従業員のニーズに合わせて継続的に進化させていく必要があります。スタイルリンク株式会社の挑戦は、まさにその一歩であり、今後もより多くの企業が「職場の虹」を広げていくための貴重な示唆を与えてくれます。