大手消費財メーカーの挑戦:社内報とイベント連携で全社に浸透させるLGBTQ+インクルージョン
導入:なぜ大手消費財メーカーがLGBTQ+インクルージョンに取り組むのか
消費者の価値観が多様化し、企業の社会的責任への期待が高まる中、大手消費財メーカーであるハーモニーフーズ株式会社(仮称)は、企業文化とブランドイメージの両面において、多様性の尊重と包容性の向上を重要な経営課題と位置づけました。特に、従業員の中に多様なバックグラウンドを持つ人々がいること、そして顧客の中にもLGBTQ+を含む多様な人々がいることを踏まえ、社内におけるLGBTQ+に関する理解促進とインクルージョン推進が不可欠であるとの認識に至りました。
取り組み開始前の社内では、LGBTQ+に関する知識の不足や無理解から生じる戸惑い、あるいは意図しない配慮に欠ける言動が見られることがありました。これらの課題に対応するため、ハーモニーフーズは、一方的な制度導入だけでなく、従業員一人ひとりの意識と行動変革を促すためのインターナルコミュニケーション戦略に力を入れることを決定しました。本記事では、同社が社内報とイベントを連携させることで、LGBTQ+インクルージョンを全社に浸透させた具体的な取り組み事例をご紹介します。
具体的な取り組み内容:情報発信と体験機会の創出
ハーモニーフーズが実施した主な取り組みは、以下の三つの柱から構成されています。
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社内報での継続的な特集記事掲載:
- 目的: LGBTQ+に関する基礎知識の普及、社内の取り組み紹介、当事者・アライ社員の「顔が見える」化を通じた共感醸成と安心感の醸成。
- 内容:
- LGBTQ+の基本的な用語解説やQ&A。
- 同社のLGBTQ+に関するポリシーや制度(例:パートナーシップ制度、多目的トイレの設置、通称名使用の推奨など)の詳細説明。
- 当事者社員、アライ社員へのインタビュー記事。カミングアウト経験、職場で感じること、アライとしての活動や思いなどを率直に語ることで、読者にとって身近な問題として捉えてもらうことを目指しました。
- 国内外の他社事例や社会動向の紹介。
- 関連イベントや研修の告知とレポート。
- 工夫点: 硬すぎず、親しみやすいトーンを心がけました。専門用語には丁寧な説明を付記し、イラストや写真を活用することで視覚的な理解を助けました。年に複数回の特集枠を設け、継続的に情報を発信することで、従業員の関心を維持し、理解を深める機会を継続的に提供しました。
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啓発イベント「Diversity & Inclusion Weeks」の開催:
- 目的: 従業員が直接学び、対話し、共感する機会を創出すること。インクルージョンの重要性を体感してもらうこと。
- 内容:
- LGBTQ+に関する有識者や著名人を招いた講演会。
- 社内外の事例紹介やパネルディスカッション(当事者社員やアライ社員が登壇)。
- LGBTQ+当事者の視点から職場環境を考えるワークショップ。
- アライになるための具体的なアクションを学ぶセミナー。
- 関連書籍や映画の紹介展示、相談窓口の案内ブース設置。
- 工夫点: 参加のハードルを下げるため、オンラインとオフラインのハイブリッド形式で開催しました。ランチタイムや終業後の短い時間で開催するなど、業務との両立を考慮しました。質疑応答や懇親の時間を設けることで、双方向のコミュニケーションを促進しました。イベント内容は社内報でも詳しくレポートし、参加できなかった従業員にも情報を届けました。
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アライ向け情報プラットフォームの整備:
- 目的: アライになりたい、あるいは既になっている従業員が必要な情報にアクセスでき、具体的な行動に移せるよう支援すること。
- 内容: イントラネット上に「アライ向けガイドライン」を掲載。アライの定義、果たすべき役割、日常的な行動例(例: inclusiveな言葉遣い、マイクロアグレッションへの対処法、相談を受けた際の対応など)を具体的に示しました。また、関連リソース(相談窓口、外部NPO情報、関連書籍リストなど)へのリンク集も整備しました。
- 工夫点: 一度読んで終わりではなく、必要に応じていつでも参照できる形式としました。定期的に内容を更新し、FAQなどを追加することで、常に最新の情報を提供できるよう努めました。
導入プロセスと課題:全社的な理解を得るための粘り強いアプローチ
これらの取り組みは、D&I推進部門が主導し、経営企画部門や広報部門、人事部門と連携して進められました。導入にあたっては、いくつかの課題に直面しました。
- 経営層への理解促進: インクルージョン推進の重要性や、情報発信・イベントにかかる費用対効果を経営層に理解してもらうことに時間を要しました。「なぜ今、LGBTQ+なのか」「事業成長にどう貢献するのか」といった問いに対し、国内外の企業事例、従業員エンゲージメントへの影響、多様な顧客層への対応といった視点から、データや事例を交えながら粘り強く説明を続けました。最終的には、多様性がイノベーションの源泉であり、企業の持続可能性を高めるという認識で一致することができました。
- 従業員の関心と理解度: 一部の従業員からは、「自分には関係ない」「難しそうでよく分からない」といった声や、テーマに対する戸惑いも見られました。これに対しては、社内報記事を読みやすく工夫したり、イベントを身近なテーマと結びつけたり(例:多様な働き方との関連性)、当事者・アライ社員のリアルな声を届けることに注力しました。また、管理職向けの研修を先行して実施し、管理職がチーム内でインクルージョンに関する対話を促進できるよう支援しました。
- 継続的な取り組みの動力維持: 単発の取り組みで終わらせず、継続的に推進していくためのリソース(予算、人員、担当者のモチベーション)を維持することも課題でした。D&I推進部門だけでなく、各部署に「インクルージョン・チャンピオン」を任命し、草の根での啓発活動や意見収集を行ってもらうことで、全社的な取り組みとして根付かせるための仕組みを構築しました。
導入後の変化と効果:意識と行動のポジティブな変容
情報発信とイベント連携を継続的に実施した結果、社内には以下のようなポジティブな変化が見られました。
- 従業員の意識変革: 定期的に実施する社内アンケートにおいて、「職場でLGBTQ+に関する話題が出ることへの抵抗がなくなった」「LGBTQ+に関する理解が深まった」といった肯定的な回答が増加しました。「安心して自分らしくいられる」と感じる当事者社員からの声も複数寄せられるようになりました。
- 社内コミュニケーションの活性化: 会議や休憩時間の雑談において、多様性やインクルージョンに関する話題が自然に交わされる機会が増えました。これは、社内報やイベントで共通の話題や知識が共有されたことによる効果と考えられます。
- アライの増加と可視化: アライ向けのセミナー参加者数が増加し、自発的にアライ・ステッカーをPCに貼るなど、アライであることを表明する従業員が増えました。これにより、当事者社員が安心して相談できる相手を見つけやすくなりました。
- 採用活動への好影響: 採用面接において、「多様性への取り組みを知り、興味を持った」と応募者から言われることが増えました。企業のインクルーシブな文化が、多様なバックグラウンドを持つ優秀な人材を引きつける要因の一つとなりました。
- 企業イメージの向上: 外部からの評価も高まり、企業イメージの向上に繋がりました。これは、対外的な広報だけでなく、従業員一人ひとりがインクルージョンの価値を理解し、実践する姿勢が、顧客やパートナー企業にも伝わった結果と考えられます。
成功のポイントと示唆:コミュニケーションが生み出す文化変革の力
ハーモニーフーズの取り組みが成功した主なポイントは以下の通りです。
- 経営層の継続的なコミットメント: 経営トップが折に触れてLGBTQ+インクルージョンの重要性をメッセージとして発信し続けたことが、従業員に本気度を伝え、取り組みを推進する強い推進力となりました。
- インターナルコミュニケーションの戦略的な活用: 社内報、イントラネット、イベントといった多様な媒体と手法を組み合わせ、ターゲット(全従業員、管理職、アライ候補者など)に合わせた情報発信を戦略的に行いました。単なる告知だけでなく、共感を呼ぶストーリーや具体的な行動を促す情報を含めたことが奏功しました。
- 継続性と一貫性: 一度きりの啓発活動ではなく、年間を通して継続的に情報を発信し、イベントを開催することで、従業員の意識に段階的に浸透させていきました。メッセージの一貫性を保つことも重要でした。
- 当事者・アライ社員の巻き込み: 当事者やアライのリアルな声は、従業員の共感を呼び、インクルージョンを「自分ごと」として捉えてもらう上で最も効果的でした。安心して声を上げられる環境づくりと、彼らの貢献を正当に評価する仕組みも重要です。
- 双方向のコミュニケーション機会: 講演会後の質疑応答、ワークショップでの意見交換、社内コミュニティ形成支援などを通じて、従業員が疑問や意見を表明し、対話できる機会を意図的に設けることで、一方的な情報伝達に留まらず、深い理解と納得を促しました。
この事例は、制度やポリシーの整備だけでは文化変革は難しく、社内コミュニケーションを通じて従業員の「心と頭」に働きかけることの重要性を示唆しています。特に、社内報やイベントといった既存のチャネルを効果的に活用することが、全社的な意識変革と行動変容に繋がることが分かります。
まとめ:自社の情報発信戦略を見直す機会に
ハーモニーフーズ株式会社の事例は、社内報やイベントといったインターナルコミュニケーションが、LGBTQ+インクルージョン推進において強力なツールとなり得ることを示しています。継続的かつ戦略的な情報発信と、従業員が学び、対話し、共感できる機会の創出は、従業員の理解を深め、心理的安全性を高め、最終的にはよりインクルーシブな組織文化を醸成することに繋がります。
本記事が、貴社におけるLGBTQ+インクルージョン推進の参考となり、特に社内における情報発信やコミュニケーション戦略を見直すきっかけとなれば幸いです。まずは、既存のコミュニケーションチャネルで、どのような情報が、誰に、どのように届いているかを確認することから始めてみてはいかがでしょうか。小さな一歩からでも、継続的な情報発信が、確実な変化をもたらす可能性を秘めています。