大手研究機関サイエンスイノベーション社の事例:多様な視点がイノベーションを加速するLGBTQ+インクルージョン戦略
大手研究機関サイエンスイノベーション社の事例:多様な視点がイノベーションを加速するLGBTQ+インクルージョン戦略
多くの企業が多様な人材の活躍を推進し、組織の競争力強化を目指しています。特に、常に新しい発見や技術革新が求められる研究開発分野においては、多様な視点や発想が不可欠となります。しかし、高度な専門性が求められるがゆえに、特定の価値観や慣習が根強く残りやすいという側面も存在します。
本記事では、大手研究機関であるサイエンスイノベーション株式会社(仮称、以下、サイエンスイノベーション社)がどのようにLGBTQ+インクルージョンを推進し、それが組織文化やイノベーションにどのような変化をもたらしたのか、その具体的な取り組み事例をご紹介します。同社の事例は、論理的思考を重んじる専門職集団において、いかに多様性の重要性を浸透させ、具体的な変化を生み出すかという点において、多くの組織にとって示唆に富む内容となっています。
なぜ、研究機関でLGBTQ+インクルージョンが必要だったのか
サイエンスイノベーション社は、基礎研究から応用研究まで幅広く手掛ける国内有数の研究機関です。国内外の大学や企業との共同研究も多く、グローバルな視点が求められる環境にあります。しかし、長年の歴史の中で培われた組織文化は、同質性が高く、多様なバックグラウンドを持つ従業員、特に性的指向や性自認に関するマイノリティ当事者が、自身の全てをオープンにすることにためらいを感じる空気が少なからず存在していました。
研究活動においては、予期せぬ視点や異分野からの発想がブレークスルーの鍵となることが多々あります。画一的な視点だけでは、社会の多様なニーズに応える技術や発見を生み出すことが難しくなるという危機感が、経営層や一部の有志の研究者・職員の間で高まっていました。また、優秀な国内外の研究者を採用し続けるためにも、誰もが自分らしく、心理的安全性を感じながら働ける環境の整備が喫緊の課題であると認識されるようになりました。このような背景から、サイエンスイノベーション社は、D&Iの中でも特に、見えにくい多様性である性的指向・性自認に関するインクルージョンの推進を重要な経営戦略の一つとして位置づけました。
本記事では、以下の主要な取り組みに焦点を当てて、その詳細と効果を掘り下げていきます。
- 経営層のコミットメントと推進体制の構築
- 制度・規程のインクルーシブ化
- 従業員への意識啓発とアライ育成
- ボトムアップの推進力としてのERGs支援
- 研究倫理とD&Iの連携
具体的な取り組み内容
サイエンスイノベーション社が実施した具体的な取り組みは多岐にわたります。
経営層のコミットメントと推進体制の構築
まず、D&I推進担当役員を任命し、経営会議で定期的に進捗を報告する体制を構築しました。社長を含む役員が、社内イベントやメッセージで継続的にLGBTQ+インクルージョンの重要性を発信し、「誰もが安心して働き、最大限のパフォーマンスを発揮できる組織を目指す」という強い意志を明確に示しました。これにより、単なる人事施策ではなく、組織全体の変革として取り組みが進められる土壌が作られました。また、人事部内に専門チームを設置し、法務、総務、広報、現場の研究者代表など、関連部門からメンバーを集めた全社横断のワーキンググループを立ち上げ、実務的な推進力を確保しました。
制度・規程のインクルーシブ化
社内規程の見直しは、取り組みの根幹となりました。 * 福利厚生: 慶弔見舞金、育児・介護休業、家族手当などの対象を、同性・異性を問わないパートナーシップ関係にある従業員にも適用するよう規程を改訂しました。これにより、婚姻の有無に関わらず、全ての従業員が公平な福利厚生を享受できるようになりました。 * 名称変更: 戸籍上の性別と異なる性別で就労しているトランスジェンダー従業員のために、社内システムや名刺などで使用する氏名について、通称名の使用をより柔軟かつ簡易に申請・適用できる手続きを整備しました。 * 施設: トイレや更衣室について、全従業員が利用しやすいように、個室タイプの設置や多機能トイレの整備を進め、利用に関するガイドラインを策定・周知しました。これは、建物の構造上の制約がある中でも、可能な範囲で従業員の意見を取り入れながら進められました。
従業員への意識啓発とアライ育成
従業員の理解促進なくして、真のインクルージョンは実現しません。 * 全従業員向け研修: eラーニングと集合研修(希望者)を組み合わせ、LGBTQ+に関する基本的な知識、多様な性自認・性的指向について、アウティングやハラスメントのリスク、そしてなぜ研究機関であるサイエンスイノベーション社でこの取り組みが重要なのか、といった内容を分かりやすく伝えました。特に、具体的な事例やケーススタディを多く盛り込むことで、従業員が自分事として考えられるように工夫しました。 * 管理職向け研修: 管理職に対しては、部下の多様性を理解しサポートする方法、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)への気づき、マイクロアグレッションへの対応、そしてアライとしての役割について、より実践的な内容の研修を実施しました。 * アライプログラム: LGBTQ+当事者を積極的にサポートする「アライ」を育成・可視化するプログラムを実施しました。研修に加え、アライであること意思表示できるツール(ステッカー、バッジなど)を提供し、社内に理解者・支援者がいることを可視化しました。
ボトムアップの推進力としてのERGs支援
従業員主体の活動であるERGs(Employee Resource Groups)は、ボトムアップの重要な推進力となりました。LGBTQ+当事者とそのアライによるERGsの設立を支援し、活動資金の補助、社内施設の使用許可、社内広報チャネルでのイベント告知協力、そして役員との定期的な意見交換会を実施しました。ERGsは、当事者やアライにとっての情報交換・ネットワーキングの場となるだけでなく、会社への提言やイベント企画を通じて、インクルージョン推進の具体的なアクションを生み出す原動力となりました。
研究倫理とD&Iの連携
研究機関ならではのユニークな取り組みとして、研究倫理に関するガイドラインや研修内容にD&I、特にLGBTQ+に関する視点を組み込みました。例えば、被験者の多様性への配慮、研究データの取扱におけるプライバシー保護、論文発表などにおける差別的な表現の排除といった点について、倫理的な観点からD&Iの重要性を説明しました。これにより、研究活動の質を高めるためにも多様性への配慮が不可欠であるという、研究者にとってより腹落ちしやすいメッセージとしてD&Iを位置づけることができました。
導入プロセスと課題、そしてその克服
これらの取り組みを計画し、実行に移すまでには様々な課題に直面しました。
プロセス
まず、経営層への提言段階では、単なる倫理的な話ではなく、いかに企業の競争力や事業成長に貢献するのかという点をデータや他社事例を基に丁寧に説明しました。グローバルでの人材獲得競争の激化や、多様な視点を持つことが研究成果の質向上に繋がるという論理的な側面を強調しました。
その後、社内アンケートを実施し、従業員のLGBTQ+に関する意識や職場で感じている課題(例:カミングアウトへの不安、ハラスメントへの懸念、制度の不十分さ)を定量・定性の両面から把握しました。このデータは、取り組みの必要性を示す強力な根拠となると同時に、具体的な施策内容を検討する上での重要なインプットとなりました。
ワーキンググループでの議論、規程改訂案作成、法務チェックを経て、社内承認を得て各施策を段階的に導入していきました。研修はまず一部の部署でパイロット実施し、効果を検証してから全社展開するなど、従業員の反応を見ながら慎重に進めました。
課題と克服
- 研究者特有の合理的思考と関心層の限定: 一部の研究者からは、「個人の性的指向や性自認は研究とは関係ない」「なぜ今この問題に時間を割く必要があるのか」といった声が聞かれました。これに対し、前述のように研究倫理との連携を図り、多様な視点を持つことが科学的な客観性や創造性を高めることに繋がるという点を繰り返し説明しました。また、トップダウンのメッセージと同時に、ERGsによる草の根の活動で、当事者やアライの「顔が見える」形で取り組みを進めることも有効でした。
- 多忙な従業員への啓発: 研究者や技術職は日々の業務に追われており、研修への参加や情報収集に時間を割くのが難しいという課題がありました。eラーニング導入による学習機会の確保、短時間でポイントを学べるマイクロラーニングコンテンツの提供、社内ポータルでの情報集約、そしてERGsが企画するランチタイムの勉強会など、多様な形式で情報提供を行いました。
- 予算確保: 新たな制度導入や研修実施には予算が必要です。経営層への説明の際、D&Iへの投資が将来的な人材確保コスト削減や従業員エンゲージメント向上による生産性向上に繋がる可能性があるという、長期的な視点での投資対効果を訴求しました。また、既存の研修予算や福利厚生予算の一部をD&I関連に振り向けるなど、工夫も行いました。
- 取り組みの効果測定の難しさ: D&Iの効果は、制度導入のように目に見えやすいものだけでなく、従業員の意識や職場の雰囲気といった測りにくい要素も大きいです。定期的な従業員意識調査の実施(設問にD&I関連項目を追加)、社内相談窓口への相談内容の変化、ERGsの活動への参加率、そして採用応募者の声や入社後の定着率といった間接的な指標も注視することで、取り組みの成果を多角的に把握するように努めました。
導入後の変化と効果
これらの取り組みを継続的に実施した結果、サイエンスイノベーション社では様々なポジティブな変化が見られました。
従業員の意識・行動の変化
最も顕著な変化の一つは、従業員意識調査の結果でした。取り組み開始前と比較して、「自分の性的指向・性自認に関わらず、安心して働くことができると感じるか」という設問への肯定的な回答率がX%増加しました。また、「職場で多様な人が尊重されていると感じるか」という設問への肯定率も上昇しました。定性的なフリーコメントでは、「以前よりオープンな会話が増えた」「マイノリティの同僚の話を聞く機会ができ、理解が深まった」「アライの存在が心強い」といった声が寄せられました。
社内コミュニケーションと企業文化の変化
ERGsの活動が活発化し、当事者やアライだけでなく、D&Iに関心を持つ様々な従業員が交流する機会が増えました。これにより、部署や階層を超えたコミュニケーションが促進され、組織内の心理的安全性が高まる効果が見られました。「こんなこと話しても大丈夫だろうか」という懸念が減り、多様な意見やアイデアが生まれやすい文化が育まれつつあります。
イノベーションへの貢献
多様な視点やバックグラウンドを持つ研究者同士のオープンな議論が増えたことで、従来は生まれにくかった異分野間の連携や、社会の多様なニーズに根差した新しい研究テーマのアイデア創出に繋がる事例が出てきました。具体的な研究成果として直接的な因果関係を示すことは難しいものの、研究チーム内の活発な対話や、多様な角度からの問い直しが、イノベーションの土壌を耕しているという手応えが得られています。
採用活動と企業イメージへの効果
特に学生や若手研究者の採用活動において、D&I推進企業であることがポジティブに評価される機会が増加しました。面接やインターンシップ参加者から、「LGBTQ+インクルージョンへの取り組みを知り、ここでなら自分らしく働けると感じた」という声が聞かれました。これにより、優秀な人材確保における競争力強化に寄与しています。また、企業のウェブサイトやCSR報告書で取り組みを紹介することで、社会からの企業イメージ向上にも繋がっています。
経営層への説明材料
これらの定量的・定性的な成果は、D&Iへの投資が単なるコストではなく、人材確保、従業員エンゲージメント向上、イノベーション創出といった、企業の持続的な成長にとって不可欠な要素に貢献していることを示す重要な説明材料となりました。特に、「多様な視点がイノベーションを加速する」というメッセージは、研究機関の経営層にとって説得力のあるものでした。
成功のポイントと示唆
サイエンスイノベーション社のLGBTQ+インクルージョン推進が一定の成果を上げている背景には、いくつかの重要なポイントがあります。
- 経営層のブレないコミットメント: 推進担当役員の設置や定期的なメッセージ発信など、経営層が一貫して重要性を訴え続けたことが、取り組みを組織全体に浸透させる上で最も重要な要因でした。
- データに基づいた現状分析と効果測定: 従業員意識調査などのデータは、取り組みの必要性を示す根拠となると同時に、進捗を把握し、改善点を見つけるための羅針盤となりました。効果測定は容易ではありませんが、可能な限りのデータを収集し、多角的に評価しようとする姿勢が重要です。
- トップダウンとボトムアップの連携: 制度改訂や全社研修といったトップダウンのアプローチと、ERGsによる従業員主体の活動というボトムアップのアプローチがうまく連携し、相乗効果を生み出しました。特に専門職集団においては、現場からの「自分たちの課題意識」に基づく動きが、共感を呼びやすく、取り組みを自分事化させる上で有効でした。
- 組織の特性に合わせたメッセージング: 研究機関という特性を活かし、D&Iを「科学的真理探求」「多様な視点によるイノベーション」「倫理的配慮」といった、研究者にとって馴染みのある、あるいは重要性を理解しやすい文脈と結びつけて発信したことが、従業員の理解と賛同を得る上で効果的でした。
- 外部専門家との連携: NPOやコンサルタントといった外部の専門家から、最新の情報や専門的なノウハウを得ることで、取り組みの質を高め、社内だけでは気づけなかった視点を取り入れることができました。
まとめ
サイエンスイノベーション社の事例は、高度な専門性が求められる研究機関においても、経営層の明確なコミットメント、データに基づいた計画策定、そして組織の特性に合わせたコミュニケーションと多様なアプローチを組み合わせることで、LGBTQ+インクルージョンを着実に推進できることを示しています。
この事例から読者の皆様が学べる示唆としては、以下の点が挙げられます。
- D&I推進は、単なる社会貢献活動ではなく、企業の競争力強化や持続的な成長に不可欠な経営戦略として位置づけることの重要性。
- 従業員の意識や現状をデータで把握し、具体的な施策に反映させるプロセス。
- トップダウンの強力な推進力と、従業員主体のボトムアップ活動を組み合わせることの有効性。
- 自社の事業内容や組織文化に合わせ、D&Iの重要性を従業員に分かりやすく、自分事として捉えてもらえるメッセージを発信する工夫。
- 効果測定の難しさを認識しつつも、可能な範囲でデータを収集・分析し、改善に繋げる姿勢。
LGBTQ+インクルージョン推進は、一朝一夕に完了するものではありません。サイエンスイノベーション社も、全ての従業員が完全に納得し、課題が全て解消されたわけではありません。しかし、一歩ずつ着実に、対話を重ねながら取り組みを進めることで、組織文化に変革の兆しが見え始めています。
今後、同社は、サプライヤーや顧客といった外部ステークホルダーとの連携におけるD&I推進、グローバル拠点全体での取り組み強化、そしてエイジや障がいなど、他の多様性要素との連携強化を目指していく予定とのことです。
本事例が、企業のD&I推進ご担当者様にとって、自社での施策立案や実行における具体的なヒントや、経営層への説明材料の一助となれば幸いです。多様な個が輝く職場環境の実現に向けて、共に歩みを進めていきましょう。