大手製造業 先進製造テクノロジー株式会社の挑戦:ミドルマネジメントの意識改革が推進するLGBTQ+インクルージョン
はじめに:現場を支えるミドルマネジメントとインクルージョンの課題
先進製造テクノロジー株式会社は、精密機器の製造・販売を手掛ける大手製造業です。国内外に多数の製造拠点と研究開発拠点を持ち、多様なバックグラウンドを持つ従業員が働いています。
同社では、以前からダイバーシティ推進に取り組んでいましたが、LGBTQ+に関する取り組みについては、人事部や一部の推進担当者間での議論にとどまり、現場レベルでの具体的な変化や従業員の心理的な安全性には課題があると感じていました。特に、従業員と日常的に接し、チームをまとめる役割を担うミドルマネジメント層において、LGBTQ+に関する知識や理解が不足していること、あるいはどのように多様なメンバーと向き合えば良いか分からないという声が散見されたのです。現場におけるハラスメントの懸念や、カミングアウトできない環境が、従業員のエンゲージメントや生産性に影響を与えている可能性も指摘されていました。
このような背景から、先進製造テクノロジー株式会社は、インクルージョンの推進には現場との橋渡し役であるミドルマネジメント層の意識改革とスキル向上が不可欠であると考え、ミドルマネジメントに特化したLGBTQ+インクルージョン施策を計画・実行することになりました。本記事では、同社が実施したミドルマネジメント向け施策の内容、導入プロセス、直面した課題、そしてその成果について詳しくご紹介します。
ミドルマネジメントに焦点を当てた具体的な取り組み
先進製造テクノロジー株式会社がミドルマネジメント層を対象に実施した主な取り組みは以下の通りです。
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ミドルマネジメント特化型LGBTQ+インクルージョン研修:
- 目的: LGBTQ+に関する基礎知識の習得、アンコンシャス・バイアスへの気づき、インクルーシブなマネジメントスキルの向上。
- 内容:
- LGBTQ+の基本的な用語、多様性についての解説。
- 職場におけるLGBTQ+に関する課題(カミングアウト、アウティング、ハラスメントなど)。
- 自身が持つ可能性のあるアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)に気づき、それを克服するためのアプローチ。
- 部下との信頼関係構築、傾聴スキル、心理的安全性を高めるための具体的なコミュニケーション手法。
- 過去に社内で発生した(匿名化された)事例や、他社での成功事例紹介。
- 工夫点: 多忙なミドルマネジメント層のために、研修時間は短時間(90分程度)に集約し、オンラインと対面形式を併用しました。一方的な講義形式ではなく、少人数のグループディスカッションやロールプレイングを取り入れ、参加者が主体的に学び、実践的なスキルを習得できるようなプログラム設計を心がけました。外部の専門家を講師として招き、客観的かつ専門的な視点を提供しました。
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インクルーシブな対話促進ツールと事例共有会:
- 目的: 研修で学んだ知識を実践に移し、日々のマネジメントに活かすためのサポート。ミドルマネジメント間の横の連携強化。
- 内容:
- 部下との1on1ミーティングで活用できる、LGBTQ+に関する話題が出た際の対話ガイドラインや、心理的安全性を確認するためのチェックリストを提供。
- ミドルマネジメント層限定のオンラインコミュニティや定期的な事例共有会を開催。実際に多様なメンバーとの関わりの中で生じた疑問や成功体験を共有し、互いに学び合う場を設ける。
- 工夫点: ツールはシンプルかつ実践的な内容に絞り、多忙な中でも容易に参照できるようにしました。事例共有会は、成功事例だけでなく、困難なケースや疑問点を率直に話し合える安全な場となるよう、進行役がファシリテーションを丁寧に行いました。
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アライとしてのミドルマネジメントの役割明確化:
- 目的: ミドルマネジメントが単なる「管理者」としてではなく、多様な部下をサポートする「アライ」としての役割を認識し、能動的に行動することを促す。
- 内容: 研修や社内コミュニケーションを通じて、アライとは何か、なぜミドルマネジメントがアライであることが重要なのかを繰り返し伝えました。具体的なアライ行動の例(例えば、インクルーシブな言葉遣いを心がける、ハラスメントを見聞きしたら適切に対応する、従業員からの相談に耳を傾けるなど)を提示しました。
- 工夫点: トップマネジメントからのメッセージで、ミドルマネジメントに期待する役割として「インクルーシブなチームを築くこと」を明確に位置づけ、人事評価項目にも反映させることを検討するなど、会社としてアライ行動を奨励する姿勢を示しました。
導入プロセスと直面した課題
これらの施策を導入するにあたり、以下のプロセスをたどりました。
- 現状分析とニーズ把握: 人事部、D&I推進チーム、そして一部のミドルマネジメント層や従業員へのヒアリングを通じて、現場の課題感やミドルマネジメントが必要としているサポート内容を詳細に把握しました。
- 企画立案と社内承認: 把握したニーズに基づき、ミドルマネジメントに焦点を当てた具体的な研修プログラムやサポート施策を立案しました。特に、多忙なミドル層を対象とするため、プログラムの必要性、期待される効果、実行可能性を経営層およびミドル層自身に丁寧に説明し、理解と協力を得ることが重要なプロセスでした。経営層に対しては、従業員エンゲージメント向上、離職率低下、ひいては生産性向上への貢献というビジネス上のメリットを強調しました。
- パイロット実施とフィードバック: 一部の部門や工場でパイロット版の研修や施策を実施し、参加者からのフィードバックを収集しました。これにより、プログラムの内容や形式を改善し、全社展開に向けた準備を進めました。
- 全社展開と継続的なフォローアップ: パイロットでの成果とフィードバックを基に、プログラムを全社のミドルマネジメント層に展開しました。展開後も、事例共有会やオンラインコミュニティを通じて、継続的な学びとサポートを提供しています。
導入時に直面した主な課題は以下の通りです。
- ミドルマネジメントの多忙さ: 日々の業務に追われる中で、研修時間の確保や新しい知識・スキル習得への抵抗感が見られました。これに対しては、研修時間の短縮、オンライン受講の選択肢提供、そして「これは追加業務ではなく、マネジメントスキル向上のための投資である」というメッセージを繰り返し伝えることで対応しました。
- 知識不足やアンコンシャス・バイアスへの抵抗: LGBTQ+に関する知識がないことを認められなかったり、自身の偏見を指摘されることへの抵抗感を持つミドルマネジメントも一部に存在しました。研修においては、心理的安全性を確保し、誰もが学びの途上であることを強調するとともに、専門家による客観的な解説と、自分自身の内面に向き合うワークを丁寧に進めることで、抵抗感を和らげるよう努めました。
- 効果測定の難しさ: ミドルマネジメントの意識や行動の変化、それが現場の心理的安全性や生産性にどう影響したのかを定量的に測定することは容易ではありませんでした。これに対しては、研修後のアンケート調査(意識変化、理解度)、従業員エンゲージメントサーベイの結果比較、ハラスメント相談件数の推移などを組み合わせ、多角的に効果を評価するアプローチを取りました。
導入後の変化と効果
ミドルマネジメント向け施策の導入後、先進製造テクノロジー株式会社では以下のようなポジティブな変化が見られました。
- ミドルマネジメントの意識変化と行動変容: 研修参加後のアンケートでは、LGBTQ+に関する理解度が向上したという回答が90%以上に達しました。また、「多様な部下とのコミュニケーションへの自信がついた」「心理的安全性を意識するようになった」といった声が多く聞かれました。具体的には、部下との1on1で個人的な話題に触れる際に、より慎重かつ敬意を払った言葉遣いを心がけるようになった、ハラスメントに繋がるような言動に対して以前より積極的に注意を促すようになった、といった行動の変化が報告されています。
- 現場の心理的安全性向上: 従業員エンゲージメントサーベイにおいて、「自分の意見を安心して言える」「多様な人が働きやすいと感じる」といった項目でスコアの上昇が見られました。特に、以前は心理的安全性が低い傾向にあった特定の製造現場で顕著な改善が見られ、これはミドルマネジメント層の意識改革と行動が影響している可能性が高いと分析されています。ある従業員からは、「以前は話しづらかったことも、最近はチームリーダーが丁寧に聞いてくれるようになり、安心できる」といった定性的な声が寄せられています。
- 従業員エンゲージメントの向上: サーベイ全体のエンゲージメントスコアも緩やかに上昇傾向にあり、特に「会社への貢献意欲」や「チームへの帰属意識」に関する項目で改善が見られました。インクルーシブな環境が、従業員のモチベーションやロイヤリティを高める一因となっていると考えられます。
- ハラスメント相談件数の減少: セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントに関連する相談件数に顕著な減少傾向が見られました。これは、ミドルマネジメント層がハラスメントへの感度を高め、未然防止や初期対応を適切に行うようになったことの成果と捉えられます。
- 採用活動への間接的な貢献: 社内のインクルーシブな文化が醸成されつつあることは、採用活動においてもポジティブな影響を与えています。ウェブサイトや採用イベントで、ミドルマネジメントも含めた従業員の多様性や働きやすさに関するメッセージを発信する際に、具体的なエピソードや雰囲気を伝えることができるようになり、多様な求職者にとって魅力的な企業として認知される一助となっています。
これらの変化は、直接的な定量データとして示すことが難しい面もありますが、複数の指標や定性的な声を組み合わせることで、ミドルマネジメントへの投資が組織文化と従業員のエンゲージメントに確実に貢献していることが明らかになっています。
成功のポイントと示唆
先進製造テクノロジー株式会社のミドルマネジメント向けLGBTQ+インクルージョン施策が一定の成果を上げた要因として、以下の点が挙げられます。
- 対象をミドルマネジメントに絞った集中的なアプローチ: 全従業員向けとは別に、現場のリーダーであるミドルマネジメント層の役割と課題に特化したプログラム設計を行ったことで、より実践的で効果的な学びを提供できました。
- 実践的でインタラクティブな研修コンテンツ: 一方的な知識伝達ではなく、参加型のワークを取り入れたことで、自分事として課題を捉え、行動変容に繋がりやすいプログラムとなりました。
- 継続的なフォローアップとサポート: 研修後も事例共有会や相談ツールを提供することで、学びっぱなしにせず、日々のマネジメントの中で実践し、疑問を解消できる環境を整えました。
- トップマネジメントの明確なコミットメント: 経営層がミドルマネジメントへの投資の重要性を理解し、メッセージを発信したことで、施策の正当性が高まり、ミドル層の参加意欲向上に繋がりました。
- 多角的な効果測定: 定量データと定性的な声を組み合わせることで、施策のインパクトを包括的に把握し、改善に活かすことができました。
この事例から読者である人事・D&I推進担当の皆様が得られる示唆としては、以下の点が重要です。
- 組織のインクルージョン文化を現場に根付かせるためには、ミドルマネジメント層への意識改革とスキル向上への投資が不可欠である。
- ミドルマネジメント向け施策は、彼らの多忙さや置かれている状況を十分に考慮し、実践的で効率的な形式で提供することが成功の鍵となる。
- 研修だけでなく、日々の業務の中で実践をサポートするツールやコミュニティを提供し、継続的な学びと対話の機会を設けることが重要である。
- トップマネジメントの明確なサポートと期待値の提示が、ミドルマネジメントのエンゲージメントを高める上で非常に効果的である。
- 効果測定は困難を伴うが、複数の視点から評価を試みることが、取り組みの価値を社内外に示すために有効である。
まとめ
先進製造テクノロジー株式会社の事例は、LGBTQ+インクルージョンを組織文化として定着させるためには、現場を束ねるミドルマネジメント層への戦略的なアプローチが極めて有効であることを示しています。彼らの意識と行動が変わることで、現場の心理的安全性が向上し、従業員エンゲージメントや生産性の向上といった具体的な成果に繋がる可能性が高まります。
この取り組みはまだ道半ばであり、今後もミドルマネジメント層の継続的なスキルアップ支援や、現場からのフィードバックを基にしたプログラムの改善が求められます。しかし、ミドルマネジメントへの意識的な投資が、組織全体のインクルージョンを加速させる強力なドライバーとなり得るという貴重な示唆を、私たちはこの事例から得ることができます。
自社におけるLGBTQ+インクルージョン推進を検討されている人事・D&I担当者の皆様にとって、本事例が、特に現場への浸透という課題を解決するための具体的な施策立案の参考となれば幸いです。