大手不動産デベロッパー 都市創造開発の挑戦:多様なステークホルダーとの共存と従業員エンゲージメントを高めるLGBTQ+インクルージョン
はじめに:多様なステークホルダーと向き合う不動産デベロッパーの課題
都市創造開発株式会社は、国内主要都市の再開発や大規模複合施設の開発を数多く手がける大手不動産デベロッパーです。その事業の性質上、行政、地域社会、テナント企業、個人顧客、そして多様なパートナー企業など、非常に広範かつ多様なステークホルダーとの関わりが不可欠です。近年、社会全体で多様性への理解と尊重が進む中で、企業に対するLGBTQ+に関する取り組みへの期待や要請も高まっていました。
同社においても、従業員の構成が多様化し、個々の従業員が抱える背景やニーズへの対応が求められるようになりました。また、顧客層の多様化や、開発する「まち」や「建物」がインクルーシブであるべきだという社会的責任の認識も深まっていました。しかし、伝統的な企業文化や、多様な現場、グループ会社を持つ組織構造ゆえに、LGBTQ+に関する従業員の理解度は一律ではなく、無意識の偏見や既存の制度との齟齬などが課題として顕在化していました。
こうした背景から、都市創造開発株式会社は、単なる福利厚生の拡充にとどまらない、企業文化そのものを変革し、多様な従業員が安心して働き、その能力を最大限に発揮できる環境を整備するとともに、外部ステークホルダーとのより良い関係構築を目指すLGBTQ+インクルージョン推進プロジェクトを立ち上げました。本稿では、同社の具体的な取り組みとその効果、そして成功のポイントについて詳しくご紹介します。
多角的な取り組み:制度・意識・外部連携の三位一体
都市創造開発株式会社は、LGBTQ+インクルージョンを推進するために、以下の多角的な施策を段階的に実施しました。
1. 社内制度の整備と柔軟な運用
まず基盤として、社内制度の見直しを行いました。 * パートナーシップ制度の導入: 法律上の同性婚が認められていない現状を踏まえ、同性のパートナーを配偶者と同等とみなし、慶弔休暇、祝い金、社宅入居資格、扶養手当などの福利厚生を適用する制度を導入しました。これにより、LGBTQ+の従業員が安心して生活設計を立てられる環境整備を目指しました。制度設計にあたっては、利用者が心理的なハードルを感じにくい申請プロセスとするよう配慮がなされました。 * 性自認に基づく通称名使用の容認と規程見直し: 性自認に基づく通称名の使用を、業務上必要な範囲で認めました。社員証、社内システム、名刺などにおける通称名使用に関する明確なガイドラインを策定・周知しました。また、服装や身だしなみに関する規程についても、性自認に沿ったものであるか、個人の尊厳を尊重する内容であるかという観点から見直しを進めました。 * 多目的トイレ(オールジェンダートイレ)の設置推進: 新築・改修する自社ビルや開発物件において、多目的トイレの設置を標準仕様とすることを定めました。これは従業員だけでなく、建物を利用する全ての人の多様性に配慮した取り組みであり、物理的な空間におけるインクルージョンの具現化と言えます。
2. 従業員への啓発・研修と社内ネットワーク支援
制度だけではなく、従業員の意識改革と理解促進にも注力しました。 * 全従業員向けeラーニング: LGBTQ+に関する基礎知識、職場で起こりうるハラスメントの種類と対応、アライシップの重要性などについて学ぶeラーニングを導入し、全従業員に受講を義務付けました。繰り返し学習できるよう、継続的にコンテンツの見直し・更新を行っています。 * 管理職向け研修: 管理職に対しては、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)に関するワークショップや、部下からの相談があった際の適切な対応方法(プライバシー保護、専門機関への連携など)に焦点を当てた集合研修を実施しました。これは、管理職がインクルーシブなチームをリードするために不可欠なスキルと考えられています。 * 外部講師セミナー: 著名な当事者やD&Iコンサルタントを招いたセミナーを定期的に開催し、多様な視点からの学びの機会を提供しました。オンラインでの開催も組み合わせ、多くの従業員が参加できるよう工夫されました。 * 従業員ネットワーク(ERG)の支援: LGBTQ+当事者およびアライの従業員で構成される自主的なネットワーク「Rainbow Bridge」の活動を会社として公式に支援しました。活動資金の提供、社内施設の使用許可、経営層との対話機会の設定などを行い、ボトムアップでの意見交換や情報発信、啓発イベント(ランチ会、勉強会など)の実施を後押ししました。
3. 外部ステークホルダーとの連携と啓発
不動産デベロッパーとして、外部との関わりにおけるインクルージョンの重要性も認識しています。 * 開発プロジェクトにおける地域対話: 新規開発プロジェクトの説明会やワークショップにおいて、地域住民の多様性に配慮した対話の機会を設けました。例えば、性的指向や性自認に関わらず誰もが安心して暮らせる「まち」のあり方について意見交換を行うなど、インクルーシブな空間設計への示唆を得る試みを行いました。 * NPO・自治体との連携: LGBTQ+支援を行うNPOや、D&I推進に積極的な自治体と連携し、共同で啓発イベントを実施したり、開発物件の一部スペースを無償提供したりする活動を行いました。 * パートナー企業への働きかけ: サプライヤーや建設協力会社など、共にプロジェクトを進めるパートナー企業に対して、都市創造開発株式会社のD&Iに関する考え方やガイドラインを共有し、サプライチェーン全体でのインクルージョンの意識向上を目指しました。
導入プロセスと直面した課題、その克服
これらの取り組みは、人事部内のD&I推進チームが中心となり、経営企画部、CSR部、総務部など複数の部署と連携して進められました。
導入プロセス: 1. 経営層への提言: まず、D&I推進チームが、国内外の潮流、ESG投資の観点、優秀な人材確保における優位性、ブランドイメージ向上への寄与といった多角的な視点から、LGBTQ+インクルージョン推進の必要性と経営戦略上の重要性を経営層に提言しました。データに基づいた丁寧な説明と、経営層自身の理解を深めるための学習機会の設定が、承認を得る上で鍵となりました。 2. 現状把握と課題の特定: 社内アンケートや従業員へのヒアリングを実施し、LGBTQ+に関する知識レベル、意識、経験、困りごとなどの現状を詳細に把握しました。これにより、具体的にどのような制度や研修が必要か、優先順位をどこに置くべきかを特定しました。 3. 制度設計・規程改定と承認プロセス: 専門家(弁護士、D&Iコンサルタント)の知見も借りながら、既存の就業規則や福利厚生規程との整合性を図りつつ、パートナーシップ制度などの制度設計、通称名使用ガイドラインの策定を行いました。法務部など関係部署との綿密な調整を経て、経営会議での承認を得ました。 4. 全社への周知と研修実施: 新制度や改定内容、eラーニング開始、研修実施計画などを、社内報、イントラネット、説明会などを通じて全従業員に丁寧に周知しました。特に現場やグループ会社の従業員へも情報が行き届くよう、部署単位での説明会開催や責任者への事前説明に時間をかけました。
直面した課題と克服: * 従業員の理解不足と抵抗: 一部の従業員から「なぜ特別な配慮が必要なのか」「本業と関係ない」「やることが多すぎる」といった声が上がりました。これに対しては、まず「特別な配慮ではなく、すべての人が公平に扱われるための環境整備であること」「多様な人材が活躍することが企業価値向上につながるという経営判断であること」を繰り返し、経営層からもメッセージとして発信しました。また、当事者の声を聞く機会(座談会、動画コンテンツなど)を設け、共感と理解を促すよう努めました。 * 多様な現場やグループ会社への浸透: 本社主導の施策が、開発現場や地方のグループ会社にスムーズに浸透しないという課題がありました。これに対しては、各拠点やグループ会社に「D&I推進リーダー」を任命し、推進チームとの連携を強化しました。リーダー向けに研修や情報共有会を実施し、それぞれの現場の状況に合わせた形で取り組みを進められるようサポートしました。 * 効果測定の難しさ: LGBTQ+インクルージョンは意識や文化といった定性的な要素が大きいため、定量的な効果測定が難しいという課題がありました。同社では、定期的な従業員意識調査にD&I関連の設問(例:「職場で自分らしくいられるか」「ハラスメントがあった際に相談しやすいか」)を加え、経年での変化を追跡しています。また、アライ登録者数、従業員ネットワークの参加者数、D&I関連の社内提案数なども指標として活用しています。
導入後の変化と企業にもたらされた効果
これらの取り組みの結果、都市創造開発株式会社には様々なポジティブな変化が現れています。
- 従業員の心理的安全性向上とエンゲージメント向上: 定期的な従業員意識調査において、「職場で自分の意見を安心して言える」「多様なバックグラウンドを持つ同僚と円滑にコミュニケーションが取れている」といった設問への肯定的な回答が増加傾向にあります。特に、D&I施策に関する認知度が高い層では、エンゲージメントスコアが顕著に高いというデータが得られています。ある従業員からは、「パートナーシップ制度ができたことで、将来への不安が減り、仕事に集中できるようになった」という声が聞かれました。
- 社内コミュニケーションの活性化: LGBTQ+に関する話題がオープンに話されるようになり、互いの違いを尊重し合う雰囲気が出てきました。従業員ネットワーク「Rainbow Bridge」の活動は活発化し、当事者だけでなく多くのアライが参加することで、部署を超えたコミュニケーションが生まれています。
- 採用活動への好影響: 企業としてD&I、特にLGBTQ+への取り組みを積極的に発信することで、多様なバックグラウンドを持つ応募者からの関心が高まっています。採用面接でも候補者からD&Iに関する質問が増え、企業の姿勢が評価されるケースが増えています。これにより、優秀な人材確保において競争優位性が生まれています。
- 企業イメージ・ブランド価値向上: 社外向けウェブサイトやCSRレポートでの取り組み紹介、外部セミナーでの登壇などを通じて、多様性を尊重する企業としてのイメージが確立されつつあります。これは、顧客、投資家、地域社会からの信頼獲得につながり、持続可能な企業経営に貢献しています。特に、ESG投資家からの評価において、S(Social)の側面でのポジティブな評価を得ることに寄与しています。
- 開発事業への多様な視点の導入: 多様な従業員の声や、外部ステークホルダーとの対話を通じて得られた知見が、新たな開発プロジェクトの企画や設計に活かされるようになりました。「あらゆる人が使いやすい空間とは何か」という議論が深まり、ユニバーサルデザインや、性別に関わらず快適に利用できる設備の導入などが具体的に検討されています。
成功のポイントと読者への示唆
都市創造開発株式会社の事例から見えてくる成功のポイントはいくつかあります。
第一に、経営層の強いコミットメントと継続的なメッセージ発信です。単なる人事施策としてではなく、企業経営の根幹に関わる戦略として位置づけ、トップが繰り返しその重要性を語ることで、従業員の意識変革が促進されました。
第二に、制度整備と並行した粘り強い意識啓発です。制度を整えるだけでは文化は変わりません。全従業員を対象とした基礎研修から、管理職向けのより実践的な研修まで、体系的な教育機会を設けるとともに、当事者の声やアライシップの重要性を伝えるコンテンツを継続的に提供することが重要でした。
第三に、ボトムアップの力(従業員ネットワーク)の活用です。従業員自身が当事者意識を持って活動できるプラットフォームを支援することで、施策の推進力が強化され、経営層や人事部が気づきにくい現場の課題やニーズを吸い上げることが可能になりました。
第四に、外部ステークホルダーへの配慮と連携です。不動産業という事業特性を踏まえ、顧客、地域社会、パートナー企業といった外部との関係性においてもインクルージョンを意識し、対話や連携を進めたことが、企業価値向上や事業機会の創出にもつながっています。
本事例は、特に伝統的な企業文化を持つ組織や、多様な現場やステークホルダーとの関わりが多い企業にとって、多くの示唆を与えてくれます。LGBTQ+インクルージョンは、単にコンプライアンスやCSRの範疇に留まらず、従業員のエンゲージメント向上、採用力強化、イノベーション促進、そして企業ブランド価値向上といった、企業成長に不可欠な要素であることが改めて示されています。
まとめ:企業価値創造に繋がるLGBTQ+インクルージョン
都市創造開発株式会社のLGBTQ+インクルージョンへの取り組みは、制度設計、従業員への啓発、そして外部ステークホルダーとの連携という多角的なアプローチを通じて、企業文化を変革し、多様な人材が輝ける環境を整備した事例と言えます。
この事例から私たちは、LGBTQ+インクルージョンが従業員のウェルビーイング向上や心理的安全性の確保に貢献するだけでなく、組織全体の活性化、採用における優位性、そして企業イメージ向上といった明確な経営効果をもたらすことを学びます。特に不動産業界のように、多様な人々や地域社会との関わりが深い事業においては、インクルーシブな姿勢を示すことが、事業そのものの成功にも直結しうる可能性を示唆しています。
自社でLGBTQ+に関する取り組みを検討されている人事・D&I担当者の皆様にとって、都市創造開発株式会社の事例は、どのようなステップで進めるべきか、どのような課題が想定されるか、そしてどのような効果が期待できるかについて、具体的なイメージを持つための参考となるはずです。経営層への説明材料としても、本事例で触れられた効果(採用力向上、エンゲージメント向上、ESG評価向上など)は有効な根拠となるでしょう。
LGBTQ+インクルージョンへの道のりは常に平坦ではありませんが、都市創造開発株式会社のように、経営層のリーダーシップと従業員の主体性、そして外部との連携を組み合わせることで、着実に前進し、企業価値創造に繋げることが可能なのです。今後も同社の取り組みがさらに進化し、より多くの企業にとってのロールモデルとなることが期待されます。