大手不動産開発企業アーバンビジョン株式会社の挑戦:オフィス環境設計と制度連携で実現する心理的安全性の高い職場
大手不動産開発企業アーバンビジョン株式会社の挑戦:オフィス環境設計と制度連携で実現する心理的安全性の高い職場
導入:物理的空間が育む心理的安全性
大手不動産開発企業であるアーバンビジョン株式会社は、都市開発やオフィスビルの企画・設計・運営を主要事業としています。同社がLGBTQ+インクルージョンに本格的に取り組み始めた背景には、自社のビジネスモデルに対する深い考察がありました。多様な人々が集まり働く「場」を提供する企業として、自社のオフィス空間が多様な従業員にとって安心できる場所であることは、企業の信頼性や競争力に直結すると考えたのです。
特に、働く場所としてのオフィス環境が従業員の心理的安全性に大きく影響すること、そして多様なバックグラウンドを持つ従業員がその能力を最大限に発揮するためには、物理的な空間からのサポートが不可欠であるという課題意識がありました。本記事では、アーバンビジョン株式会社がどのようにオフィス環境設計と関連制度を連携させ、LGBTQ+インクルージョンを推進し、心理的安全性の高い職場を実現したのか、その具体的な取り組み事例をご紹介します。
具体的な取り組み内容:空間と制度の相乗効果
アーバンビジョン株式会社の取り組みは、単にジェンダーニュートラルな設備を導入するだけでなく、オフィス空間全体をインクルーシブな視点で再設計し、それを人事制度や啓発活動と連携させる点に特徴があります。
まず、オフィス環境設計においては、以下の施策を実施しました。
- ジェンダーニュートラルな共用空間の整備: 全てのオフィスにおいて、個室型のトイレや、性別に関係なく利用できるパウダールーム・更衣室を設置しました。これにより、自身の性自認に関わらず、誰もが安心して利用できる環境を整備しました。
- 多様な働き方・コミュニケーションスタイルに対応する空間: オープンな協働スペースに加え、一人で集中できる個室ブース、少人数でのクローズドなミーティングが可能な部屋など、多様なニーズに対応する空間を整備しました。これは、コミュニケーションの取り方や働く上で快適な環境が多様であることを踏まえ、誰もが自分に合ったスタイルで働けるようにするための配慮です。
- デザインにおける多様性への配慮: オフィス内のサイン表示や掲示物、アート選定などにおいても、特定の属性を排除しない、包括的なデザインを採用しました。ピクトグラムの多様化や、インクルージョンに関するメッセージを伝えるビジュアル要素の導入などを行っています。
次に、これらの物理的環境と連携する制度・施策を導入しました。
- オフィス利用ガイドラインの更新: 新しいオフィス環境の意図や利用方法に加え、お互いを尊重し合うための基本的な行動指針として、多様性に関する記述をガイドラインに明確に盛り込みました。
- 関連人事制度の整備: 同性パートナーや事実婚関係にあるパートナーも、結婚と同等に扱われるパートナーシップ制度、慶弔休暇、福利厚生制度などを導入しました。これにより、オフィス空間だけでなく、制度面でも実質的な平等を推進しました。
- ハラスメント相談窓口との連携強化: 環境利用に関する懸念やハラスメントの相談を、安心してできる窓口体制を強化しました。物理的な環境だけでなく、それを取り巻く人間関係やコミュニケーションの課題にも対応できるようにしています。
- 従業員への啓発とコミュニケーション: 新しいオフィス環境のコンセプトや、なぜこれらの環境が必要なのかについて、全従業員向けの説明会や社内報、ポスターなどを通じて継続的に発信しました。単なる設備紹介ではなく、多様な人が働く上での「安心」の重要性や、それぞれの違いを尊重する文化醸成の必要性を丁寧に伝えました。
さらに、当事者・アライの声の反映も重視しました。新しいオフィス設計や制度改定の際には、社内のLGBTQ+従業員ネットワークやアライコミュニティから意見を聴取する機会を設け、彼らの視点を設計や制度に反映させるよう努めました。これは、実際にその空間を利用し、制度の恩恵を受ける人々のリアルな声を取り入れることで、より実効性の高い施策とするための重要なプロセスでした。
導入プロセスと直面した課題:多様な壁を乗り越える
これらの取り組みは、人事部、総務部、設計部門、法務部など、多岐にわたる部門の連携プロジェクトとしてスタートしました。まず、社内外の先進事例や専門家の知見を収集し、自社にとって最適なオフィス環境のあり方について検討を重ねました。
導入プロセスにおける主な課題は、以下の通りでした。
- コストと効果の説明: 環境整備には一定の初期投資が伴います。特に経営層や財務部門に対して、単なるコストではなく、多様な人材の確保・定着、生産性向上、企業イメージ向上といったビジネス上のリターンに繋がる投資であることを具体的に説明する必要がありました。これに対しては、外部調査データや、既にインクルーシブな環境で心理的安全性が高い組織がイノベーション創出に繋がっているといった先行研究などを引用し、論理的に説明を行いました。
- 従業員の理解不足や抵抗: 一部の従業員からは、なぜ既存の設備を変更する必要があるのか、コストに見合うのか、といった疑問や、変化に対する抵抗がありました。特に、慣れ親しんだ環境が変わることへの戸惑いは少なくありませんでした。これに対しては、一方的な通達ではなく、従業員説明会やワークショップを繰り返し開催し、双方向の対話を通じて丁寧に背景や目的を説明しました。また、当事者やアライの声を紹介することで、個人的な問題ではなく、組織全体の課題であることを伝えました。
- 部門間の調整: 設計部門、総務部門、人事部門それぞれに専門性や優先順位があり、意見の調整に時間を要しました。特に、デザイン性、機能性、コスト、そしてインクルージョンという異なる視点を統合するのは容易ではありませんでした。部門横断のプロジェクトチームを設置し、定期的な情報共有と意思決定の場を設けることで、認識のずれを最小限に抑えるよう努めました。
これらの課題に対し、アーバンビジョン株式会社は、経営層の強いコミットメントを得つつ、現場の従業員をプロセスに巻き込むことで乗り越えていきました。特に、多様な従業員が「自分ごと」として捉えられるような啓発活動が重要でした。
導入後の変化と効果:数字と声が示す成果
取り組み導入後、アーバンビジョン株式会社の社内ではいくつかのポジティブな変化が見られるようになりました。
まず、導入後の従業員アンケートにおいて、「オフィス環境に安心を感じる」「自分らしく働くことができる」といった項目で肯定的な回答が増加しました。特に、LGBTQ+当事者やその家族を持つ従業員からは、「オフィスに来るのが楽しみになった」「職場で自分を隠す必要がなくなり、仕事に集中できるようになった」といった定性的な声が多く寄せられています。これは、物理的な環境整備が従業員の心理的安全性向上に貢献していることを示しています。
また、採用活動においても、同社のインクルーシブなオフィス環境や制度は候補者にとって魅力的に映るようになり、特に若手層や多様なバックグラウンドを持つ人材からの応募が増加傾向にあります。これは、企業イメージの向上にも繋がっています。
さらに、オフィス空間における偶発的な交流が増え、部門や役職を超えたコミュニケーションが活発になったという声も聞かれます。多様なニーズに対応した空間設計が、コラボレーションやネットワーキングを促進していると考えられます。
定量的な効果としては、従業員エンゲージメントスコアの緩やかな上昇や、特定のチームにおける離職率の低下などが報告されています。これらの変化が、直接的・間接的に生産性向上やイノベーション創出に貢献していくことが期待されています。
成功のポイントと示唆:環境整備から学ぶインクルージョン推進のヒント
アーバンビジョン株式会社の取り組みが成功に至った要因は複数考えられます。
第一に、物理的な環境整備を単独で行うのではなく、人事制度や従業員啓発と連携させたことです。ハード面とソフト面の両輪でアプローチすることで、取り組みの実効性を高め、従業員の理解と浸透を促進しました。
第二に、多様な部門が協働する体制を構築したことです。特に、人事・総務といったコーポレート部門だけでなく、設計といった事業部門が一体となって取り組んだことが、オフィス環境という特殊な領域でのインクルージョン推進を可能にしました。
第三に、従業員、特に当事者やアライの声をプロセスに積極的に反映させたことです。利用者視点を取り入れることで、表面的な対応に終わらず、真に必要とされる環境や制度を設計することができました。
この事例から、読者の皆様が自社で同様の取り組みを検討する際に参考になる示唆としては、以下の点が挙げられます。
- D&I推進は、人事制度や研修だけでなく、物理的な環境や空間設計といったこれまで意識されてこなかった領域にも拡大し得るという視点を持つこと。
- 異なる専門性を持つ部門間の壁を越えた連携が、複雑な課題解決には不可欠であること。
- 取り組みを進める上で直面するであろう抵抗や課題に対し、丁寧なコミュニケーションと論理的な説明を通じて粘り強く取り組む覚悟を持つこと。
- 従業員の心理的安全性やウェルビーイングに資する環境整備は、結果として企業の競争力向上や人材確保に繋がる戦略的な投資と捉えること。
まとめ:オフィス環境から始めるインクルージョンの可能性
アーバンビジョン株式会社の事例は、企業のD&I推進、特にLGBTQ+インクルージョンにおいて、オフィス環境が単なる働く場所ではなく、重要な戦略的ツールとなり得ることを示しています。物理的な空間が持つ力は大きく、それが従業員の心理的安全性や、組織全体のインクルージョン文化醸成に貢献する可能性を秘めています。
本事例で紹介した取り組みは、大手不動産開発企業という特性が活かされていますが、オフィス環境の整備や見直しは、業種や規模に関わらず多くの企業で取り組むことが可能です。自社のオフィス環境を、多様な従業員にとって真に安心できる、自分らしく働ける場所にするためにはどうすれば良いか、この事例が具体的な検討の一助となれば幸いです。
今後の展望としては、アーバンビジョン株式会社は、これらの取り組みをさらに進化させ、従業員のフィードバックを継続的に収集しながら、より柔軟で多様な働き方に対応できるオフィス環境を目指していくことでしょう。また、自社で培った知見を活かし、顧客である企業のオフィス設計にもインクルーシブな視点を取り入れていくことも期待されます。インクルーシブな環境整備は、企業価値向上に貢献する重要な経営課題として、今後ますます注目されていくと考えられます。